2011年5月15日日曜日

西宮 海清寺

 以前から、一度、行って見たいと思っていた、西宮の海清寺を訪れた。このお寺は、父の代からお世話になっている、八幡の臨済宗 達磨堂円福寺の住職をかねておられた、故西片義保究竟窟大老師が居られたお寺なのだ。西片老大師はここで4年ほど過ごされ、その後京都の妙心寺管長に就任された。私は、それまで、西宮の海清寺については、ほとんど知らなかった。
 京都の妙心寺は大徳寺と共に林下といわれ、遠い昔の室町時代、北条氏や足利氏と結びついて繁栄した五山の禅林より下の扱いを受けていた。京都御所との結びつきが強かった妙心寺と大徳寺は室町幕府の権勢を誇った足利義満により忌避され、その弾圧を受けた頃の1394年、妙心寺の第三世無因宗因禅師によって三宮の地に拠点が移されたという。
 つまり、西宮の禅寺 海清寺は禅宗 妙心寺派の歴史のなかで重要な位置をしめており、権勢の弾圧からの疎開先であり、 妙心寺復興を担う人々を育てる拠点だったとのことです。
 国道2号線沿いの西宮市役所の隣、木立の多い一角が海清寺の敷地で、裏には高層マンションがすぐ傍に迫り、静かな佇まいながら、反面、こんな所に歴史的なお寺があるとはと、想像付きにくい場所にあった。開祖当時からある、楠木の大木も有名らしい。
 八幡の円福寺などは常時修行僧が7~8人は居り、庭を掃除していたり、洗濯物を干したりなど、作務衣を着て立ち働く人影を見かけるが、この日、寺の境内は人影も無く大変静まり返っていた。
 宮城県の松島にある瑞願寺なども臨済宗の寺として、大変歴史も規模も大きなお寺で、今回の東日本大震災では、相当の被害が出たとのニュースを目にしたが、「ボランティアなどに出ているかもしれないね」、等と話しながらお参りして寺を後にした。

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