2011年8月12日金曜日

核の高レベル廃棄物

 連日の暑さで動きが取れない。自分ながら、こんなに怠惰だったかな、と反省している。そんな中、昨日の夜、NHKでフランスを中心に取材した原子力発電の現状を紹介するドキュメンタリィーを見た。そもそも、原子力発電で、今解決されていない最大の問題が原子力発電で出る核燃料のごみの問題だ。使用済み核燃料の最終的な処理について、有効な解決策が現状では見出されていない事が
クローズアップされている。我が国でも核燃料の再処理を行なう研究が行なわれているが、現状は、1%のプルトニュームと95%のウランに再生され、そこから、再処理のMOX燃料として取り出されるのは、わずか10%であり、残りは気の遠くなるような将来に掛けて、どこかに廃棄処分しなければならないのです。放射性物質の放射能が充分に減衰するまでの10万年先まで、こうした、放射性物質を含む廃棄物を管理していく事が、現実問題として可能なのだろうか。現状、フランスでは使用済み核燃料から注出されたウランをロシヤ、シベリヤの施設に受け入れてもらい、再処理を委託しているのが、現状らしいのです。
 地球温暖化の救世主として原子力発電を評価する考え方が言われて来ましたが、その裏で、地球上に増え続ける使用済みの核燃料の処理と言う問題を、これ以上容認していく事が、はたして人類にとって正しい行為なのかが問われます。
 フランスの場合でも、国の原子力政策を主導してきたのは、その研究や推進に当たってきた、原子力に対する高度の知識を有する高級技術官僚であっり、政治家は、そのほとんどが、専門的知識を有していないのが現状との事です。
 地球上で生活する人類の安全に関わる問題が、それに関わる一部の研究者や技術者、高級官僚によって、正確な情報が公開される事なく推し進められている事は、民主主義と言う観点から大きくかけ離れた状況だとの指摘がなされてた。
 日本で起きた大地震によって、たまたま日本で安全だとされてきた原子力発電所で事故が発生した。この事を契機に、世界は地球上で進行している原子力の平和利用としての発電事業が、決して地球規模の安全に繋がらないかもしれないという事を、皆で検証し、議論していかなければならないと思うのです。
 日本の場合でも、放射性物質がたとえ微量でも、放出され続けている現状で、
直ちに人の健康に影響する事は無いとする政府の見解は、実に国民を馬鹿にした発言だと思わざる負えない。米国などの放射性物質の人体えの影響のデーターは、広島、長崎の原子爆弾における人体えの影響を計ったデーターであり、チェルノブイリや今回の福島原発事故の様に、微量でもその地域に継続的に、出続けている放射性物質の影響を見極めたデーターは今の所無いのが現状との事です。
 一度、核物質の核分裂や、核燃料の冷温化をコントロールする事が出来なくなる事態が発生した時、その事故の終息の為には、とんでもないコストと、国民への危険がもたらされる可能性を考えた時、何とか後ろ向きでも後ずさりして、危機を回避する術を考えなければならないという思うのが普通の考え方ではないでしょうか。
 二酸化炭素の削減と言う観点からの原子力発電の評価も、使用済みの高レベル廃棄物の処理方法が確立されていない現状では、むしろその評価をリスクが大きく上回るといわざる負えません。
 豊かで、文化的な生活を勝ち得た先進国も、めざましい経済発展の途上国も
エネルギー問題は、その暮らし方や文明に関わる問題であるだけに、地域や個別国家の問題を超越した、初めての地球規模で差し迫った問題ととらえなければ成らないと思うのですが同でしょうか。

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