2012年6月6日水曜日

小椋佳の人生観から

  昼食中にテレビのワイドショーか何かで、映画監督の山本信也がシンガーソングライターの小椋佳を訪ねて、インタビューをしている映像が放送されていた。
何でも、小椋佳は今年の2月に劇症肝炎に掛かり死にかけたとの話だった。彼は、随分前に胃癌を患って胃の4分の3を取っているらしくて、彼の「感」では、自分の人生は76歳で終わると予想していて、今から死ぬ準備に掛かっていると話していた。
  小椋佳は今68歳で私より1歳年上ですが、8年後には自分の死が来ると、何となく予想しているらしくて、2年後の70歳の時に4日間の生前コンサートを企画して、2000曲に及ぶ自分が作詞作曲した曲の中から好きな曲を選んで歌うのだそうです。そして、自分の人生を一言で言えば、歌作りを真剣に遊んで来た人生だ、とも言っていました。
更に、山本信也の死ぬ事は怖くないですか、との問いかけに、死は体が怖がるのであって、誰もが怖くて当然だと話していました。そのフレーズの意味は、も一つ私には理解出来なかったのでが、自分の死について、私自身に置き換えてみると、私は自分の死についてあまり執着が無く、特に怖いという感覚は有りません。それと、自分にやり残した何かがあるとか、先に何かをしたいと言った目的や大きな楽しみがある人は、そう簡単に自分の人生を終わらせ様とは思わないのだろうと考えました。
私の身近な人の死についての経験は、今まで自分の両親以外では、3人の人が心に有ります。私の20歳代の始め、親しかった友人が交通事故で病院に運びこまれ、其処にいち早く駆けつけた私は、その病院のベッドサイドで友人の死を看取った時の経験です。
人の死を真近に見たのはその時が初めてでしたが、ベットの横で彼の腕を掴みながら、目を見開いてうわ言を発しながら首を左右に振る友人の姿を見て、その目の動きから、それまでの人生が走馬灯の様に駆け巡っているのでは、と考えたのを覚えています。彼の息は、両親が病院に駆けつけて来るのを待つ事無く止まってしまったが、私自身は緊張から翌日に気持ちが落ち着くまで涙も出なかったことを覚えています。それが、人の体がまるで機械が止まるように、肺の呼吸と心臓の鼓動が別々に止まっていく様に感じた経験でした。
  その他では、優しかった母方の叔父が自宅で最期を迎えた時、身内の皆で臨終に立ち会えた時の事であした。叔父の臨終に際して、叔父の大きな息づかいを見て、人生最期の文字通りラストランを完走した大往生だと感じた、感動的な光景でした。
  去年は、40年来の家族付き合いの友人が逝って、来月で一周忌を迎えます。亡くなる一週間前、病院のベットサイドで、点滴跡の目立つ彼の腕を取って、心の中で私なりのお別れをしましたが、彼も精一杯自分の人生を生きたと思っています。
今日たまたま、小椋圭のテレビインタビューを見た事で彼の最近の人生観に触れ、私自身もせいぜい人生に退屈しない様にする事がとても大事なことだと感じました。周りの物事や景色に興味を無くさないよう、頭と意識を保って行かねばと考えています。

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