2011年6月21日火曜日

ブランデンブルク協奏曲

 今日は、朝、奥さんを陶芸教室に送った後、すぐに自宅に戻ってレコードに針を降ろした。出かける前に、プリとイコライザーの電源は入れておいた。オーディオ機器は、スイッチを入れて通電してから30分ぐらいはウォーミングアップをするのが普通だ。火曜日は、奥さんと一緒に家を出て、ゴルフ練習場のヒッコリーに直行するのが、いつものパターンだが、気兼ねなくボリュームを上げてレコードを聴ける貴重な時間なので、いつもの練習はお休みにした。
 何年ぶりだろうか、イ・ムジチ合奏団でヨハン・セバスチャン・バッハのブランデンベルク協奏曲の全曲を聞く事が出来た。イ・ムジチ合奏団の演奏で私達が良く耳にすのは、ビバルディーの協奏曲集「四季」の演奏だと思うのだが、このイ・ムジチ合奏団のアルバムは、私にとっては、二枚のレコードの裏表に収まった貴重なアルバムになっている。
 レコードプレーヤーが復活するまで、ブランデンブルク協奏曲と言えばスペインのチェロの名手で指揮者のパブロ・カザルスがマールボロ音楽祭管弦楽団を指揮した、第3番ト長調と5番ニ長調のCDを聞くのみだった。これとて、貴重な録音アルバムで、すぐには見つからないアルバムだと思うが。
 ブランデンベルク協奏曲は巨匠J・Sバッハの作品の中では、もっとも広く一般に親しまれている曲である。バッハの曲で私達が良く耳にするのは、無伴奏チェロ組曲やバイオリンソナタ&パルティータなどが有名ですが、バロック協奏曲は元々17世紀にイタリアで広まった形式だそうです。先ほどの協奏曲集「四季」を書いた、ベネチュア出身で18世紀初頭にその楽才を振るったアントニオ・ビバルディーが多くのバロック協奏曲を作曲して、その形式が当時の多くの音楽家の模範とされたとの事ですが、レコードジャケットの解説を改めて読んでみると、J・S・バッハもこのビバルディーの協奏曲形式を研究する事から初めて、その熱心な研究の結果、生まれたのがこのブランデンブルク協奏曲だそうです。しかもビバルディーの曲想を模倣するのでは無く、自ら独自の曲風でこの協奏曲は書き上げられており、今日、一般の人々に、最も広く親しまれる曲となっていると解説されていた。
 10時過ぎにレコードの針を降ろし、私の携帯の呼び出し音が鳴ったのが13時少し前、奥さんの教室が終わった時間だ、丁度、ブランデンブルク協奏曲の終演に間に合った。

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