2013年1月18日金曜日

ブログ休止のお知らせ

  大変残念ながら、この度、入院による闘病を余儀なくされる事と成りましたので、本日以降 
このブログお休止いたします。長きに渡り、拙いブログを閲覧頂きました多くの皆様に、心より、御礼申し上げます。再開を願いながら、まずはご報告と、御礼まで。
                                          
Craft爺

2013年1月13日日曜日

年初に酷い風邪

  4~5日前から喉の右奥が痛いと感じていた、昔から扁桃腺肥大と言われていたので、少し風邪気味で、扁桃腺がまた腫れているのかも、と軽く考えていた。私はここ何年も風邪をひいた事が無く、そうした症状で熱を出したことも無かった。そうした症状が出ると、買い置きのイソジンでうがいをするぐらいで、決して医者に行った事は無かった。
  今度の症状がひどくなってきたのは、2日ほど前からで、咳をすると詰まった喉を無理やりあけさされるような痛さが加わった。更に後頭部から首の付け根にかけて頭痛がするようになってきた。流石に奥さんに言って、市販の風邪薬を買ってもらい、毎食後錠剤を3錠ずつ飲んでいたが、咳の度、痰が切れるようになったが、今度は胃がムカついてきて、お腹もぐるぐると落ち着かなくなった。相変わらず頭の芯が痛くて、お腹に力が入らないものだから、立っていても足元がふらつく様になった。自律神経迄変になったかと、家の中で、ゴロゴロと寝転んでいたが、奥さんの問い掛けでも、何も食べたくなくて、殆ど食事らしい食事もとれなくなった。
  昨日は、昼間からベッドに入って目をつむるが、寝付かれない。起き上がって居間に座ると、今度は胃がムカついて来てトイレに駆け込んではいたが、胃の中には何も無いものだから、白っぽい胃液が出るだけで、とても苦しかった。
  
  昨日は、夕方からベッドに入り11時ごろまで眠った。其処から4時まで横に成っていて、次に目覚めたのは7時過ぎだった。相変わらず体に力が入らず、洗面所でうがいをし顔を洗って着替えを済ませても、体がふらついて回復していないのが分かった。
  朝、リンゴを少しと、野菜スープに手を付けて、何時ものコーヒーも一口飲んだだけで飲み残してしまった。
  生前、私の母親はひどいづ痛持ちで、頭痛が始まると洗面器を抱えてゲーゲー吐いていた。私は子供の頃、そんな母親を見て、又始まったかと、その苦しさなど慮る事は出来なかったが、今回だけは、その時の母親の苦しみを、身を持って体験している様に感じて、思わず妹に電話で、「あんな時お袋は如何していた」と尋ねた程だった。勿論、特別のおまじないが有る訳もなく、一番酷い時を我慢してやり過す以外に方法は無く、今日も、炬燵にあしを突っ込んで、ゴロゴロしている。
  土曜日の午前中までに近くのクリニックに行けば良かったと後悔した。やはり、市販の風邪薬などほとんど役に立たない代物で、近くの女医先生を馬鹿にするのでは無かったと反省した。

2013年1月9日水曜日

中国は戦争がしたいのか!

  中華人民共和国の国家のリーダー達は、本当に日本と戦争をしても良いと考えているのでしょうか。ここのところの尖閣列島の我が国の接続水域で、領海侵犯や中国機による領空侵犯がとても執拗で、さすがに我が国政府も、自衛隊機による威嚇射撃も辞さないと考えているようです。
中国は、日本人の国民性に対して良く分かっていないのではないでしょうか。過去にアメリカ合衆国とロシアを相手として戦争を行ったのは世界でも、この小さな国土の日本だけです。今の様な執拗な嫌がらせ行為が、これ以上エスカレートすれば、太平洋戦争後60年以上平和を維持してきた日本国民の世論が、大きく変換してもおかしくは無いと考えられます。現に戦後アメリカ軍主導で作られた、現在の日本国憲法の改憲を主張する自民党政権が、今回の選挙で大幅に議席を伸ばす結果と成りました。
  日本の人口は現在でも1億2.600万人と中国と比べて、10分の一であり、戦後いかに民主主義が定着した国家と言えども、嫌がらせを続ける中国に対して国民世論が大きく転換して、中国排斥の機運が醸成されないとも限らないと考えます。又、その様な機運が盛り上がれば、国論が一つの方向にまとまる事も、広大な国土に50以上の民族で出来上がっている中華人民共和国と違って、国民世論の統一は比較的早いのではないかと考えられます。
  経済的な結びつきも、日本の経済界では隣接する、タイ、ベトナム、ミヤンマー、インドネシア、フィリピンと言った東南アジア諸国に、もうすでに転換を図り始めています。
  それに加えて、日本には、中国と比べようも無いほどの、軍事転換の技術と国富が有ります。加えて米国との安全保障条約が有りますが、米国内そのものに、ここもとの経済力を付けた中国に対する警戒感が存在する事を理解しなければ成りません。又、中国と国土を隣接する東南アジヤなど各国も南シナ海への中国の強引な進出でトラブルが絶えません。
  中国は、此れまでの経済力の発展によって国力を過信し過ぎて国の方向を誤ると、内部に抱える国民の共産党に対する不満が一気に噴出する危険性も考えられます。経済の発展と国民生活の向上は、国民一人一人の権利意識の向上と、言論や自由な政治意識が急激に高まってきます。国民の支持を背景とした国威の維持を、海洋進出に求めようと考える中国政府の思惑は、とんでもない方向に発展する危険性を孕んでいると考えられるのです。
広大な領土を持ちながら、あまりに欲深な考えで調子に乗り過ぎる事に対して、世界は警告を発しなければならないと考えます。
  戦争と言うのは、第一に人と人の殺し合いです。一人っ子政策で大事に育てられた中国の青年男子や日本の若者が、国家権力で戦争に駆り出され、命を落とす事に成っては絶対に成りません。戦争と言う現実味を感じないままに、両国の関係が悪化する可能性を完全に否定する事は出来ません。
  両国の政治家達の対応が問われます。くれぐれもお互いを刺激しすぎて取り返しのつかない事態に成らない様に願ってやみません。明治維新以来、過去には戦争にまみれた日本国ですが、私の生涯、戦争のない平和な日本で有ることを祈るばかりです。

2013年1月7日月曜日

担担麺を食べに、、、

   今日の昼前、炬燵に足を入れてひっくり返っていると、無性に担担麺が食べたく成った。リタイヤしてから、普段ラーメンを食べる事が無くなった。神戸の三宮近くで勤務していた頃、たまに昼食に三宮商店街の大衆的な中華の店で、ラーメンと焼き飯を注文して、昼飯を取っていた。
(川西の東春閣)
其処は、経営者も中国人の様で注文したラーメン事態も、ごく普通の醤油味で一般的な日本風の豚骨だしなどの手の込んだラーメンでは無い。
  リタイヤ後は、特に、昼飯にラーメンを食べに出ると言う機会も無く、今日は、川西能勢口の東春閣と言うリーズナブルな中華料理店に、担担麺を食べに出かけた。
  何時頃の事だったか、奥さんと梅田の三番街の「四川辣麺」と言う店に入った所、其処はラーメンと言っても担担麺が主で、それも何種類かの唐辛子の辛さを選べる店だった。
それ以来、それまで食べた事が無かった担担麺に、すっかりはまってしまった。豆板醤のスープに牛ミンチと刻みネギがたっぷり入っていて、とても美味しく感じた。それ以来、時々、あの豆板醤仕立ての辛いスープと牛ミンチを真ん中に盛った担担麺が無性に食べたくなる。
  宝塚の大劇場近くにある、龍坊(ロンファン)と言う中華料理店のランチに飲茶とのセットで担担麺のメニューが有る。此れも、昼飯の担担麺にしては2.000円と少し高いが、それはそれでとても美味しく感じた。

宝塚龍坊(タカラツカロンファン)
今日の東春閣の担担麺は単品で800円、以前からこの担担麺で十分満足していたが、今日は器の真ん中にいつもはたっぷり盛ってある牛ミンチの姿が見当たらない。箸でそっとかき回してみると、そこには細切れの豚肉が浮いていた。豆板醤仕立てのスープで味自体は、そんなに違わないが、どことなく、牛ミンチが入っていないのにはがっかりした。ちょっとした、期待外れに感じた。
  
  それでも、久しぶりの担担麺にお腹は膨れて気持ちは満たされたが、食事の満足には、そのものに対する事前のイメージがとても大切な事を感じた。

{梅田三番街の四川辣麺)
多少高くてもその味にとても満足する時と、まずくて高いお金を払わされた時の忌々しさを考えると、昔の人が言った、食い物の恨み、の意味が分かるような気がした。
  






2013年1月6日日曜日

年の初めの神頼み

   年明けの松の内のこの時期、私たち夫婦は家にお祭りする神様の新しいお札を受ける為、近郊の神社仏閣に初もうでで訪れます。まず、1月2日に京都の八坂神社にお参りしました。そして、40代から14年住んだ豊中千里の氏神様で、長男の孫たちのお宮参りや七五三をお願いした千里天神社にお参りします。ここで、今年の子供達の健やかな成長を祈願します。
  それに、今年は私の妹の誘いで、昨日、
宝塚の清荒神にお参りを済ませました。母の生前、妹は毎年母と連れ立って年の初めにお参りに来ていたようです。私たち夫婦も、宝塚に住むようになっ
てしばしば訪れる様になりました。と言うのも、清荒神の近くに、6年前に亡くなった愛犬リズを葬った墓地が有って、良くお参りに行く様になってからです。
  
  清荒神は年の初めの参拝客が多く、入り口の駐車場への侵入が規制されるため、何時もは規制が解かれた松の内ぎりぎりにお参りする事が多かったのです。
  又、お参りした帰りに阪急の清荒神駅までの参道には色々な飲食店や出店が並んでいて金柑や銀杏などを買い求めたり、昔ながらのお参り風景を感じる事が出来ます。
  そうこうして正月気分も冷め掛けた頃に、西宮の10日恵比寿が模様されます。各地の戎神社へ、今年の商売繁盛と景気回復を願う人々の波が押し寄せるのです。
  今年の健康と無事を祈って神頼みが続きます。

2013年1月5日土曜日

経済の潮目が変わった!

  去年の12月の衆議院総選挙前後から動き始めた為替と日本の株価が、年が改まって加速して来ています。去年70円そこそこ迄買われた円が昨日は一時88円、東証株価ももう一度7.000円代迄売られる事も覚悟していましたが、昨日は292円の全面高で、10.688円と東日本大震災前の水準を回復しました。
  
昨年12月の衆議院解散を境に、経済指標の潮目が変わった様に思います。それは取りも直さず、昨年、当時の自民党安倍総裁が打ち出した経済再生の為の政策に対する期待感が、内外投資家の間で高まったからなのです。
  前民主党政権の政策目標自体は、2014年以降の消費税増税に道筋を付ける事のみが大前提の目標で、その他、見るべき経済対策や日本経済の成長戦略手段は全くと言って良い程うたれていませんでした。所謂、経済無策の状態だったのです。民主党政権は、日本の財政悪化を唱える割に、何かと言うと大規模な補正予算と財政支出を強調するのみで、具体的な景気対策や為替の円高対策に対する言及も有りませんでした。その為、民主党政権下で、むしろ赤字国債の発行が加速したと言っても過言では有りません。
加えて、4年前民主党の後押しで繰り上げ就任したと言っても良い、現在の白川方明日銀総裁は、日本銀行総裁就任以来、それまでの事務方らしい安全運転が続き、これまで繰り返してきた金融緩和のペースも、常に後追いに終始して、そのほとんどが目に見える効果を発揮してこなかったと考えられるのです。此れまで、マーケットに機先を制する大胆な金融政策が打たれる事は有りませんでした。その結果、各国と比べ、日本の円だけが常に先んじてマーケットの標的とされ、ズルズルと円高を更新し続けていたのです。  
  世界各国の株価は、もうすでに2008年のリーマンショック前の水準を回復していましたが、日本の株価は、為替の円高が重しとなって、大幅に出遅れていました。しかし、この年末年始で、一先ずその出遅れを少し取り戻す水準まで来ましたので、この先、松の内を過ぎてどう動くかが興味のあるところです。野田内閣解散から1800円もの値上がりで、一息ついた投資家も多いと思われます。
話は変わりますが、今回の衆議院選挙の最終投票率が、59.32%と戦後最低の投票率であった事が報じられていますが、むしろ、ムードや一時の人気だけで動く浮動票の減少が自民党にとって幸いしたと言っても良いのではないでしょうか。
  しかし、私達は政権選択の選挙で、一時のムードや一か八かで政権を選択する事のリスクや怖さを、この3年間程痛感した期間は無かったのではないでしょうか。今年の半ばには参議院の選挙が来ますが、ヒッチャカメッチャカだった民主党政治の反動から、国民総保守化と言うのも頂けないかと考えるのです。今年、日本の世相は如何動くのでしょうか!

2013年1月2日水曜日

八坂神社の初詣

  今年も2日の今日、京都祇園の八坂神社の初詣を済ませました。昭和45年、奥さんと八坂神社の神前結婚を挙げた翌年の正月から本年まで、夫婦の親の喪中の年をのぞいて欠かさず初詣は八坂神社と決めて続けて来て、今年で41年目の正月を迎える事が出来ました。
毎年、欠かさずお参りを続けるうち、私達夫婦の中では、いつの間にか、年の初めの決まり事に成っていて、途中で中断する事が憚られる雰囲気になってしまった。
四国の松山暮らしの折には今と違って本四架橋も無く、正月休みには瀬戸内海航路のフェリーで実家に帰省していましたが、正月の2日は、決まって八坂にお参りを済ませて京都の奥さんの実家へ、年始の挨拶に訪れていました。
振り返ると、子供たちの成長に合わせて41年分の思い出が積み重なっていて、私達夫婦の間では、八坂神社の初詣も今では家族の細やかな歴史に成っているのです。今日、八坂神社の境内で、19年生まれの私の年回りは、昔風に数えると古希に当たることを知りました。
四条大宮から四条通りを八坂神社迄真っ直ぐ直進して、神社前の交差点を左にとって東山通りと、鳥居前の間をそのまま円山公園の駐車場に、30分毎250円の駐車料金で止める事が出来ます。10時を超える頃から、境内までの参道には様々な屋台が並び、初詣の人波が増えてきます。
お参りを済ませ、今年の新しいお札を頂いて40分ほどで八坂神社を後にしましたが、帰りの道路は、京都市内に入る近隣府県の車で長い列が出来ていました。
  
  

2013年1月1日火曜日

謹賀新年

   明けましておめでとう御座います!
  
  本年もどうぞ宜しくお願い致します

  

2012年12月31日月曜日

いつの間にか大晦日

  2012年の大晦日も暮れてきました。午前中に奥さんと、おせちの食材の買い出しに、デパ地下に出かけました。流石に大晦日の買い物客で店内は大賑わいで、レジに並ぶだけでも一苦労の状態でした。
  毎日が休日と言う私にとって、今年もいつの間にか大晦日が来てしまった、と言う感じです。
  昼から久しぶりに、滝田洋二郎監督、中井喜一主演で浅田次郎原作の「壬生義士伝」と言う映画をTVで見ました。戦いに敗れ、南部藩の大坂蔵屋敷にたどり着いた中井喜一扮する吉村貫一郎と言う南部浪士の生き様に、映画の終盤、久しぶりに私の目から涙があふれました。
  良かれ悪しかれ、日本は江戸時代と言う封建体制の「規律」の中で人々の機微が養われ、明治維新を経て、今日の近代日本の社会に繋がっているのでは無いかと感じました。
  
封建社会と言えども、その強い規律が今日の勤勉で情緒に富んだ日本人の気質を醸成した原因ではないのかと思えたのです。
  東北の貧しい武士が家族の為、国を脱藩し新撰組の隊員として働き、手にした金を家族に仕送りするが、最後には南部武士の義から幕府軍と共に討幕軍と戦い、南部藩の蔵屋敷で腹を切ってはてる物語です。
  其処には、武士と言えども貧しい東北の生活と、貧しい中で家族の愛を育む士族の生き様は、現代にも通ずる日本人の心を感じました。又、最後は義理の為に自らの命を投げ出す主人公の義を貫く心が、同時に、今日の私達に残されているかどうかをも考えさせられた映画でした。
  私達の2013年はどんな年に成るのでしょうか。政府がかわり、急速に進む円安と株価の急上昇に期待を膨らませる人もいるかも知れませんが、国内外の懸念材料には事欠きません。
如何か来年が平穏な年に成りますように!

2012年12月29日土曜日

ショスタコービッチのWaltz 2

  オランダのバイオリニストで世界中で演奏活動を行い、ヨーロッパやアメリカで絶大な人気を誇るアンドレー・リュー(Andre Rieu 1949年10月1日)のユーチューブサイトで、今日とても楽しい音楽を聴きました。
  多くの人が、時に耳にする曲だと思うのですが、ドミトリー・シュスタコービッチと言う20世紀ソ連の作曲家の曲でジャズ組曲第2番と呼ばれている曲が有ります。私自身は、ショスタコービッチの曲に親しみが有る訳ではないのですが、ショスタコービッチと言う作曲家はどちらかと言うと交響曲や弦楽四重奏曲等に於いて、戦争などを題材とした暗くて重たい曲が多いのだそうです。そんな中で、ジャズ組曲と呼ばれている曲はとても軽妙で、一聴、皆が体をゆする楽しそうな曲に成っているのです。それも、アジヤ人には何処となくノスタルジックな少し哀愁を感じさせる曲と成っています。
  ジャズ組曲と言っても、その内容は純粋な意味のジャズでは無くて、どちらかと言うとダンス音楽に近いものです。その為、演奏の編成もオーケストラやジャズバンドとは違い、ライトミュージックやプロムナードコンサートに近い編成に成っているとのです。
  ジャズ組曲として知られているその題名自体も、本来は「管弦楽のための組曲」と言うのが本当の題名だそうです。
  前置きが長くなりましたが、そうした曲想と、オーケストレーションが楽しいクラシック演奏を世界で繰り広げ、爆発的な人気に成っているアンドレー・リューの演奏スタイルに、ピッタリの曲だと感じました。
  私の一番のお気に入りの交響曲は、やはりベートーベンの交響曲第7番の第二楽章ですが、最近耳にしたもので印象に残った音楽は、映画で爆発的なヒットを記録した「シンドラーのリスト」のテーマ曲や、このショスタコービッチの「Jazz Suite Waltz 2」ではないかと思っています。
新年には毎年、オーストリアのウイーン楽友協会大ホールで恒例のニューイヤーコンサートが開かれますが、輝かしい年の初めを祝って、何曲もの楽しいワルツが演奏されます。

  https://www.youtube.com/watch?v=vauo4o-ExoY  Andre Rieu-The Socond Waltz(Shostakovich)
                                                                                                                                                  You-Tube

2012年12月26日水曜日

あゝ、あの日に戻れたら、、、

人生を振り返る時、「あの日に戻れたら、、、」と思った事のある人は多いのではないでしょうか。日時はどんどん前に進み、過ぎ去った過去が戻って来る事などめったに経験する事は有りません。しかし、一度一国の総理大臣にまで上り詰めながら、1年足らずで自ら降板した自由民主党の安倍晋三衆議院議員が、今日、再度第96代の総理大臣に指名されました。
  再び国家運営のトップに返り咲くことなど、有力政治家と言えども、めったに経験する事の出来ない事だと考えるのです。一人の人間として、そうした運を担った人なのかも知れません。
  今回選挙での政権交代自体は、此れまでの政権があまりにも酷い政府、政党で有ったと言う事から、国民自身が、一か八かの選挙の危うさを痛感した3年余りの日時で有ったと言っても過言では有りません。
  要は、前政権は一部の政治を業とする者達によって、政権交代そのものを目的とした仕掛けの選挙で誕生した政権で有ったと考えるのです。国政など担える体を成さない政党組織が、それまでのマンネリに陥っていた保守政権に付け入って、出来もしない公約を国民の前に並べ立て、国民を愚弄した3年間だったのではないかとさえ思えるのです。
  
  選挙民は、選挙で選ばれる国会議員一人一人の政治能力を正確に測る事など殆ど出来ません。今日の政党政治に於いては、やはり政党の綱領、主張を、どれ程私達が信頼できるかにかかって来ると思われます。
  政治能力や可能性を秘めた有意な個々の政治家を擁しているとしても、それが、政治信条のタガの無い組織の中に於いては、全く機能しなくなることが有ると考えるのです。
  大くくりに、政治に対する確固とした信条を組織のメンバーが共有していなければ、結果的に、政策や政治仕法がバラバラに成り、決して纏まりの有る国家運営など出来なくなるのではないかと考えます。それに、国会に上程される政党の法案自体は、事前にその政党内部で十分な推敲の末、提出されなければならないのは言うまでの有りません。
  と言う事は、一部の第3局に見られる様に、国民全般に関わる政策に関しては一人の政治家の思い込みだけで事が進む事の危うさを、充分監視しなければ成りません。
  政権選挙の結果、生き残った政治家の組織に、確固とした政治信条さえ残っていれば、それを支持する国民は必ずいるのではないでしょうか。
  翻って私達国民は、今後とも、そうした政党や政治家の「性根」を見据えていかなければならないのでは、と考えながら国民生活の安定を願っているのです。

2012年12月25日火曜日

クリスマス明け、ゴルフもオフシーズンに、、、

  奥さんは、今年のクリスマスにもシュトーレンを焼いた。去年は2回に分けて焼き、同じ曜日に集まる陶芸の仲間に一つずつ配ったのを覚えている。
(焼きあがったシュトーレン)
今年は、それでも細やかに、一度にオーブンで焼ける個数を焼いて、娘や陶芸友達でバラの栽培を教授してくれる友人と、その他近くの兄弟に、おすそ分け程度に持って行った。今年の我が家のクリスマスは、そんな調子で過ぎていった。奥さんに言わせると、ここからが、年明けに向けて気忙しくなると言う。
  今年は、私の病院での検査予定が年末年始にかけて続くため、1月8日のPET/CTが終わって、1月17日、年初の初めての診察日まで気持ちの落ち着か無い日々を過ごす事に成る。
  私は、年始の用意の為の奥さんの食材の買い出しに付き合ったり、ベランダ周りの掃除ぐらいしか役に立たないからだ。
(焼き上がりに粉砂糖をふる)
今日、何時ものゴルフ研修会の仲間で、毎回私を迎えに来てくれるN君から電話が掛かってきて、黄疸の症状が出てきて南大阪医療センターを受診した所、明日から、即検査入院を申し渡されたとの事だ。私が初めてキャンセルしたこの前のラウンドの時から調子が悪く、同伴のU君やM君の強い勧めでようやく病院に行ったとの事だった。
(ラッピングしたシュトーレン)
ゴルフに向かう車の中で、何時も、南大阪で一人住まいをする96歳の彼の母親の事が話題に上るのだが、医者が100歳まで太鼓判を押しているとの事だ。年明けには91歳を迎える私の義母も、電話で寂しさを訴える以外はすこぶる元気で、あらためて母親世代の生命力の強さには敬意を表さなければならないと感じる所だ。
  
  そんな分けで、U君からも電話が入って、結局1月のゴルフ研修会は初めて中止に成った。一番寒いこの時期を、体を整備して少し暖かくなってから、皆元気で再開しようと電話を切った。ゴルフも暫くオフシーズンに入る。
  


(ピンクの蕾も混じる山茶花)

2012年12月23日日曜日

リンゴのスイーツ、タルトタタン

  クリスマスが近ずくこの時期、うちの奥さんが忙しくなる時でもあります。昨日は、孫娘の為、クリスマスプレゼントに赤い毛糸でニットのワンピースを編み上げました。
  それと、これからクリスマスに合わせて、シュトーレン(ドイツ風の菓子パン)と言うパンを焼きだします。そして、今年は、そのシュトーレンを焼く前に、予てより焼く予定にしていたタルトタタン(リンゴを用いたタルト)と言うお菓子を先に焼いてくれました。このタルトタタンを、内の奥さんが焼く事になった切っ掛けは、かれこれ一年がかりで、そもそも料理研究家の栗原はるみさんの本にレシピが乗っていた事からでした。その本で焼きあがったタルトタタンと言うお菓子が乗せられたガラスの器を手本に、陶器でその器を製作するところから始まったのです。
  内の奥さんは、栗原はるみフアンで、彼女が出している料理の本をよく参考にしているようです。彼女が好んで使う京都在住の陶器の作家に興味を持ったり、年齢が近い彼女の髪型を参考にしたりもしていました。
  そう言う分けで、タルトタタンと言うお菓子は内の奥さんの中では、焼きあがったその菓子を乗せる為の器作りから始まったのです。リンゴが出回って安く手に入るこの時期、沢山のリンゴをバターと砂糖、ラム酒でじっくり炒めてシナモンで香り付けをし、その上にパイ生地を乗せて作るのだそうです。最後にパイ生地を下に煮詰めたリンゴをひっくり返すと、あめ色に光った、リンゴのタルトが出来上がります。
  タルトタタンを乗せる陶器の器は随分前に出来上がっていましたが、私が、懸案のタルトタタンの実物を見たのは、この度が初めてでした。
  それは、甘党の私好みのお菓子で、夕食に尋ねてきた孫達と紅茶と共に、美味しく賞味しました。

2012年12月22日土曜日

冬至、鯛めし、柚子湯の日

 昨日は冬至。奥さんの半年ごとの股関節診断で、昼から尼崎の労災病院に出かけた。2日前に来院して撮ったMRI(磁気共鳴診断装置)の結果を踏まえて、整形外科の診察を受ける日に成っていた。

昼から2時半の予約だったが、奥さんが出てきたのは4時を過ぎていた。おまけに、予報通り雨が降り出し、4時過ぎと言うのに辺りは暗くなりかけていて、やはり冬至だと変に納得した。
  帰りの車の中で、ラジオから流れる「鯛めし」のレシピの解説を聞いて、奥さんが今日は鯛めしに挑戦すると言う。何時ものマーケットで食材を仕入れて返った。
(愛媛今治の郷土料理)
愛媛にいた頃は、来島海峡で取れる鯛で、美味しい鯛めしを味わった事を覚えている。以来、殊更、鯛めしの店に行った事も無かった。
  奥さん手製の土鍋で炊き上がった鯛めしは思いの外の出来上りで、底のおこげも香ばしい香りを放っていた。鯛の切り身をほぐしているので骨も無く、そこに千切りの柚子を乗せて、蛤の吸い物、かぼちゃの煮つけと共に美味しく頂いた。
  
夜の入浴時には、鯛めしで使った柚子を湯船に浮かべて、細やかな柚子湯も味わう事が出来た。冬至、鯛めし、柚子湯を味わう日に成った。

2012年12月20日木曜日

モラルと善悪の基準は

  毎日、こちらはじっと座っているだけですが、目や耳に飛び込んでくる日々のニュースはとても目まぐるしいものが有ります。
今朝も、朝刊を広げると、三菱自動車のリコール対応が極めて消極的として、国土交通省が厳重注意と言う見出しが目に入ってきました。私は、瞬間「エッ」と、そこで目が留まったのです。
  三菱自動車と言えば、10年も前の事に成りますが、1970年代から自動車の極めて重要な部品の不具合を隠ぺいし続けて、2000年~2002年にかけて、大々的なリコール隠しとして大きく世間を騒がせた経緯の記憶がよみがえったからです。
  当時の三菱扶桑トラックバスの自動車タイヤの取り付けの不具合から車輪の脱落で、2件の死亡事故が発生した事件で社会に大きな不安を与え、当時の経営トップが故意に部品の欠陥を隠ぺいしていたとして司法の有罪判決を受けると言った経緯があった事を覚えています。
  それから、10年の時の経過があったとしても、その企業に過去の法人としての不適切な行いが反省として継承されていないと言う事は、組織として極めて遺憾な企業体質と言わざる負えませんん。もともと、私は、三菱のダイヤモンドマークのエンブレムが嫌いで、三菱自動車のリコール隠しの印象が強く残っていました。
  私は、モラルや善悪にも絶対的な基準があってしかるべきだと思うのです。やって良い事、悪い事の見極めが、組織全体で出来なくなると言う事はとても怖い事ではないでしょうか。
  個人の悪事やモラルの欠如による他者への影響は、自ずから限られて来るのが一般的ですが、大きな組織と資本を擁し社会に多大の影響を与えかねない企業が、その製品の安全に関わる部分で自らの製品の欠陥を隠ぺいしてしまう有り様とは、組織として不適切と言う以前に社会的な存在そのものが否定されても致し方ない組織だと断じたいと思うのです。
  
(寒さの中大輪のバラ)
日々の競争に生きる現代社会の企業と言えども、自らの組織の都合だけでは無くて、自らに社会の絶対的なモラルの基準をあてはめて、常に思い返してもらいたいものだと思うのです。
  先般の中日本高速道路が所管する笹子トンネルの崩落事故についても、過去になされていた打音検査などがいつの間にか省かれて、安易な形だけの目視の点検に成っていた事実なども、その時のトピックスとして捉えるのでは無く、徹底した原因の究明の過程で、抜け落ちた安全への構えを取り戻さなければ、あのような事故が今後どれだけ増えるか分かりません。
  利益を追求する厳しさのあまり、当然備えなければならない社会的なモラルや、善悪の基準が甘くルーズに成っていないかを、振り返る必要があるのではと、チョット考えました。
(リビングからの今朝の朝陽)

2012年12月19日水曜日

この冬一番の寒気

  今朝リビングのカーテンを開けると、低い雲の合間に青空が覗き、雲の淵から朝陽が覗き始めていた。気温は、全国的にこの冬一番の冷え込みだと言う。
耳の冷たいのを我慢しながら、朝の散歩に出た。
今年の夏、マンションの周りの空きスペースに植えた寒椿の苗木が、しっかり根付いて可愛い赤い花を付けた。よく見ると蕾も沢山ついている。
雲雀の公園では、元気なお年寄りのグループのゲートボールが始まっていた。
公園も、すっかり冬の様そうで、真っ赤に染まった満天星つつじが鮮やかに色ついていた。
  散歩道の途中に、たわわに実を付けた金柑の木も見つけた。
最近、雲雀の公園を囲んでいた背の高い生垣の木が切り取られて、公園から大阪方面を一望する景色が広がった。そこに立って眺めると、伊丹の大阪空港を飛び立つ飛行機や、遠くの生駒山のシルエットを見る事も出来る。
今日は、歩いていると頭が痛くなるような冷たさを感じて、何時もの散歩道を途中で切り上げた。終始抱っこのアンディーも腕の中で震えが止まらなくなっていた。
(金柑の実)