2011年4月14日木曜日

春ほん番の嵐山

 今年ほど、あちこち、桜を見に出かけた年は無い。ここの所、宇治の実家には行っても、京都市内に入ることが無かった。それで、今日は枚方から淀川沿いに嵐山に向かった。
  と言うのは、私は先日来、歯科医に掛かっており、私の掛かりつけの歯科医は、10年来八幡市の男山近くにある。自宅から、名神を飛ばして50分、下道を行くと、下手をすれば1時間30分掛かるが、今日はその歯科医の予約の日で、午前中はついでに足を伸ばして嵐山の花見を思いついた。いつもの事ながら、奥さんの、おにぎり弁当とアンディーが同伴だ。
 途中、淀川と桂川の分岐する大山崎の中洲を通るが、そこは、一面、見事な桜で埋め尽くされており、川面から吹く風で、一帯に、桜吹雪を見る事が出来た。
 この中州は、帰りに立ち寄る事にして、一路、嵐山をめざして車を走らせた。
向日町を越え、松尾大社の横を通って、いつもと反対側から、渡月橋に入った。
 ウィークデーと言うのに、渡月橋の袂は、行楽の人出でとても込み合っていた。
渡月橋から、川上の桜をバックに多くの人達が、シャッターを切っていた。
嵐山界隈は、以前より、昔ながらの輪力車が出て、観光客を誘う光景が見られ、とても可愛い二人ずれの若い女性を、カメラにおさめる事が出来た。勿論、奥さんとアンディーのスナップも、ちゃんと撮っている。
嵐山で、弁当に舌鼓を打ち、西利の京漬物の店で、菜の花漬けと柴漬けのお土産を買って嵐山を後にした。日中の気温は20度を大きく越えて初夏の気温の中、初めての春の嵐山を楽しんだ。

春の予防注射

 雲雀の公園で、毎年春に行われる狂犬病の予防注射が行われた。市の獣医師会による出張検診で、ペットがいるお宅から、次々に受診に訪れていた。
ペットの予防注射にはこのほかフィラリアやジステンバーなどのペットのワクチン接種の予防注射が有り、これは、各自がぺっとの病院にいって受ける事になっている。
予防注射を受けに来た、立派なロットワイラー
 ペットの施設や、ドッグランと言って、犬を放して遊ばせるところなどでは全て、この予防注射を受けている事が求められる。同様にペットホテルに預ける時も、予防注射を受診している事の、証明が要るのす。
我が家のアンディー10歳です。             

2011年4月13日水曜日

福島原発は映画なのか?

 余り悠長な事を言っている暇は無いのです。時々政府官邸の一日の動静を覗いてみるのですが、今回の、未曾有の大災害を受けて、政府の体制が、事態に即応しているとは到底思えないのです。そこに出入りする人間が余りにも少ない。現状を考えると、引きも切らない出入りがあっても可笑しくない時期に、ほとんど、決まった政府高官がまばらに出入りする程度なのは、たまたまなのでしょうか。
 今の所、政府は国民が、パニックや混乱を起こしていないと言う事に限れば、大成功していると思うのですが、それは、あたかも、逐一、情報を開示している様に見せかけて、実はほとんど肝心の事を国民に説明してこなかった事の裏返しでは無いでしょうか。幸い国民の目線は、大津波の被害を受けた被災地に注がれていて、原子力事故の実態を深く理解していない、お目出度いマスコミは原発の認識不足から、発表される数字の意味を掴みきれていないのが実情です。それは、海外から見れば、日本国民は、あれだけの原発事故を起こしながら、混乱もパニックも起こさず、平然と日常生活を送り、被災地の救援に向かっている。賞賛する傍らで、ある意味信じられない思いをしているのでは無いだろうか。福島原発の現場は、思いも寄らぬ事態に、日々、薄氷を踏む思いで対応していると想像したが、原子力保安院の発表や枝野官房長官の記者会見を見ていて、意味不明の数字を羅列し、その数字の意味がほとんど説明されていない事に疑問を持った。そして、発表の最後には毎回、それは、直ちに健康に影響するレベルではない、という講釈が付け加えられる。しかし、当初、原子力安全保安院が発表したレベル5の事故評価についても、4基もの原子炉の事故を起こしながら、そんなはずは無いという海外の専門家も多かったというのだ。
 福島原発の半径20キロ、30キロについての枝野官房長官から発表された退避、避難指示も、今になって、なし崩し的に変わろうとしている。始めから、事実を事実として正確に説明していない為、地域の人達の理解を得られるはずもない。挙句の果てに、昨日になって、国際原子力事故評価機構(INES)の評価を最上位の7に変更した。その理由も、原子力安全委員会と原子力安全保安院の推計値のとりまとめで、事故以来の放射性物質の放出量がチェルノブイリ原発事故時を上回ったという理由からだ。今になって、あっさり、数十万テラベクレルという数字を発表して、そうした量の放射能がこれまでに放出された為、チェルノブイリ原発事故に相当するか、それを上回るレベルになったと言っている。
 しかし、そのような事が、事故発生以来、一月もたった今迄、分らなかったというのは俄かに信じられない。ウォールストリートジャーナルは米国の専門家の意見として、もっとも驚いたのは、現在までの放射能放出量が一月もたつ今まで分らなかったことだ、と言うコメントを伝えている。その数字をはじき出した、独立行政法人原子力安全基盤機構というのも、霞ヶ関の天下り法人なのだ。  正直、日本は如何なって行くのだろうという思いがする。多くの国民の健康に、致命的なダメージを与えるかも知れない原子力事故が、この狭い日本で現在進行している。にもかかわらず、全く信用した事もない、命を預けた覚えも無い一握りの政治家達が、その情報を秘匿しているのではないかという疑問は、まるで映画の世界だ。政治的な判断を国民に押し付けて、人としての正しい判断を取り違えているのではないだろうか。これまでの政府の対応が、大変危惧される。
 今も続いている放射性物質の放出で、今日になっても枝野官房長官は、国民の健康被害に繋がらないように、確り対応していくという言葉を繰り返している。
 このような政府の原発事故の対応は、国際的には受け入れられるだろうか。17日には米国のクリントン国務長官が来日して、政府と、この問題について協議すると思うが、協議するというより、米国にとっては大変な懸念を抱いているに違いない。国際的には日本政府が、事故の実態を押さえ込み、過小に表現しようとしているのではないかと疑われているのだ。国際社会は、日本の、権威ある専門機関からの迅速で正確な情報開示を要求している。
 日本にとっては、幸いな事に、モンゴルやゴビ砂漠から飛来する黄砂の季節で、西から、強い偏西風が吹き、放射能は東側の海上に運ばれて行く。しかし風下の北米地域にとっては、冗談ではない。国内でも、そのような事実を確認している多くの人がいると思うのですが、大多数の国民は何も知らされていない。先日、TVでコメントを求められていた福島の家族は、1000キロも離れた鹿児島に疎開しており、夫は福島原発で復旧作業に当たっていると言うのだ。又、堀場製作所とか日立のアロカなど放射線計測機製造メーカーの株価がストップ高をつけたり、昨日になって、急にフランスのメーカーが安価な放射線計測機の供給を始めると発表しているのも頷ける事実だ。
 決して、危機感を煽るのではない。正確な事実が伝えられないと、事が進んで後から知らされるのでは、多くの国民は遣り切れない思いをするに違いない。政府は事実を事実として速やかに、情報開示しなければならない。現代の社会で、決して、「依らしむべし、知らしむべからず」、のような事が、まかり通っては成らないと考えるのです。
 

2011年4月12日火曜日

マガジン チルチンびと

 今年になってから、私は木工らしい事をなにもしていない。Craft爺さんなんてブログのネイミングをするんじゃなかったと、今更、後悔している。本当はとても物臭な人間で、何かやろうとしても、ふんぎるのにとても時間が掛かってしまう。そんな人間が、去年の夏ごろは、時間を忘れて孫の本箱などを作っていた。二人の孫は、私の娘の子供だが、娘には埼玉の所沢で手作り家具の工房を開いている従妹がいる。私の妹の娘だ。工房の主は料理好きの家具職人でとてもいい仕事をする。
 彼は、昨年、新しいギャラリー兼工房を所沢にオープンして、手作り家具の製作に精を出しているが、その仕事が注目されてか、「チルチンびと」と言う住まいの生活雑誌に取り上げられた。
家カフェへようこそ、と言うテーマで木の手作り家具に囲まれた空間で、若い人達が食事を囲む様子が掲載されていて、若者の新しい生活スタイルが紹介されている。
 その、「チルチンびと」をめくっていると、無垢板で作るテーブルのページなどがあって面白く読んだ。しかし、そこは、プロの仕事を紹介しているもので、私のように知識も腕も無いものには到底歯が立たない。まず、素人では、木の材料をどうして手に入れるかも分らない。ましてや高価な材料を使うのには、やはり腕が付いてこないと思われる。
 プロが使う道具や機械も紹介されており、興味深く読んだ。
             
 春を前にして、衝撃的な地震と津波の災害が起きて、何か気持ちが落ち着かず、じっくり何かに取り掛かる気がしなかった。頭の中では、シンプルで持ち運びが簡単なパソコン台など作ってみようかと思っていたが、今まで取り掛かるきっかけが無かった。
 季節も緩んできたので、そろそろ何かやろうかと考えている。

2011年4月11日月曜日

福島第一原子力発電所のこと(4)

 先日、NHKのTVで福島第一原子力発電所の現在の状況について、元原子力安全委員会の委員長、松浦祥次郎氏が出て来て、原発の安全性に対する過去の認識が間違っていた事を謝罪していたが、現在起こっている事態に付いては、今頃、謝ってすむ問題ではない。
 昨日、大変、嫌なものを見てしまった。YouTubeで京都大学原子炉研究所の小出裕章助教のセミナーの模様だ。よくは知らないが、彼はどうも原発の推進に反対する人かもしれないと思うのだが、それにしても政府や東電それに通産省の原子力安全保安院等からは聞けない福島原発の切羽詰った現状が語られていた。私はその状況について、詳しく理解したわけではないが、最悪の場合、再臨界という状態になると、原子炉内の燃料棒が格納容器の底に溶け落ちて温度管理が出来なくなり、格納容器の破壊を伴う水蒸気爆発が起こった場合、とんでもない量の放射性物質が大気中に拡散されるる危険性が想定されると言う。200種類以上にも及ぶ放射性物質は、広島に落とされた原爆の800倍の放射性物質を大気中に放出し、現場の半径700キロが直下の影響を受ける可能性が有るとの事だ。チェルノブイリ原発事故の場合で15万平方キロに及ぶ地域がその影響を受けたが、福島原発で同様の事が起こった場合、その影響は、37万平方キロの日本の国土の60%に及ぶと述べられていた。東日本大震災での福島第一原発の事故発生以来、政府は、極力、国民が動揺しないよう情報発信に勤めてきた。そして、過去から原子力発電事業を推進し、主導してきた学者たちの解説も自己保身からか歯切れが良くない。
 巷の民放の番組などでは、長年、放射線に携わっている医師などを引っ張り出して来て、現状程度の放射線量は、人体にとって何の影響も無い、などと言わせたり、しきりに関東地域で取れた野菜などが、風評被害にあっていると伝えている。しかし、現実に今、福島原発の30キロ圏内は、事故現場から漏れる放射性物質の影響を受け続けているはずで、風向等の気象条件次第では、同心円状とは限らない。現在でも、人体に直ちに影響するかどうかは別にして、放射性物質の拡散は、もっと広い範囲に及んでいるのが実情であると思う。
 昨日の民放で、原発大国のフランスでは原発の状況や放射性物質の状況などを政府機関で一元的に情報発信しており、できる限り透明性を確保しているとの事であった。
 一時しのぎの気休め的な情報を発信するのではなくて、政府も原子力安全委員会も、信頼性のある情報発信機関に情報を一元化し、内外に正確で透明性のある情報を発信してもらいたいと思う。そうする事で、間違った情報やあらぬデマ、風評被害を拡大しないで済むのでは無いだろうか。 

2011年4月10日日曜日

雲雀の公園で春の野点

 いつもの、散歩コースに雲雀が丘山手公園という立派な公園がある。公園はいつも地域の住民で手入が行われていて、季節の花などが綺麗に植えられている。何でも、地域の篤志家による個人の寄付で出来た公園らしく、石碑に公園の由来の記述がある。
 我が家から、5分ほどのこの公園は25メートル四方の運動場を備えており、曜日を分けてシニアのゲートボール場になったり、野外ダンス場になったりで、地域の人達にとても重宝がられている。公園には、雨よけの付いたウッドデッキを備えており、今日はそこで、春の野点が催されていた。
 紅白の幕が張られて中で、着物姿のご婦人達がお抹茶を点て、訪れた人達にふるまっていた。
着物を着た可愛らしい女の子が、お菓子を運ぶ様子も微笑ましかった。
 地域の人達も、次から次に訪れて、春の催しにひと時を楽しんでいた。
 私達も、アンディーを連れていたが、思いがけず美味しいお菓子とお抹茶を頂いた。
  

2011年4月9日土曜日

桜に囲まれて

 西側のベランダ越しの桜の木が、8分咲きになった。毎年この木が、一足早く花を咲かせる。
 リビングの正面の窓越しに、100年の古木がある。枝を左右に広げているが、大元の幹から延  びた新しい若い枝は、まだ6分咲きか。
                   東側の玄関ロビーから望む桜。
 バス道の桜。昔はもっと沢山の桜の木があって、桜のトンネルを作っていたらしい。
今、我が家の居間から見る景色は、桜の花で囲まれている。外は花曇りだが、もう暫く、花に囲まれた時間を過ごすことが出来る。

2011年4月8日金曜日

桃畑

 午前中、郊外のマーケットに買い物に出かけた。いつも通っているマーケットの近くに差し掛かると、道端がパーと明るくなった。桃の木に、ピンクの花が一斉に咲いている。そこは、川西市の南花屋敷にある加茂地区だ。住宅地の中に、あちこち桃畑が点在していて、1m半ぐらいの背丈の木が整然と植えられている。宝塚市に隣接する川西市の農産物は特産の早稲の桃とイチジクになっている。7月頃、少し小振りだが美味しい桃が地元のマーケットに並ぶ。年間60トンほどの収穫らしい。一斉に咲く花も一時で、実が付いてくると白い袋がつけられる。
 少し調べてみると、イチジクも特産で、夏になると7月末頃には地元の店頭に並び、イチジクのジャムなども作られているらしい。
 川西では今月17日から源氏祭りという催しが行われる。地元の猪名川沿いにある、多田神社には源満仲、源頼光、源義家などが祭られており、源氏の戦勝を祈願した神社とされていて、例年、時代行列などが行われる。ピンクの桃畑と合わせて、いずれも、地元の春の風物詩だ。
 

2011年4月7日木曜日

チューリップのつぼみ

 今朝の温度は10度。目に見えて、確実に季節が進んできた。ベランダに出ると、チューリップのつぼみが薄いピンクに色づいて、もう間もなく花びらを開きそうだ。部屋の君子蘭も次々に芽が出てきて花を付けている。今年は、例年に比べて寒気が居座った影響で、我が家のベランダ越しの桜も長く楽しめそうだ。大震災以来、間もなく一月になるが、復旧の手も上がってきた。
 今でも、自分の心に残っている言葉がある。それは現役時代ある上司が、呪文のように唱えていた言葉だ。「問題は時間と共に解決するものだ。それもいい方向に解決する。」この言葉を自分なりに解釈すると、難しく困難な事柄も、人の努力は時間を掛けても解決していくものだ。それもいい結果になるものだ。と理解して、自分の解釈にしてきた部分がある。
 それと、昭和54年に亡くなった、私の父の口癖を思い出す。私達家族は、私が1歳の時の台湾からの引き上げだ。戦後、外地にあった全てのものを残して、着の身着のままで日本に引き上げた
父は、一から、内地での生活を立て直し、母と二人で4人の子供を育てた。戦後を生きた人達は、多かれ少なかれ、同じような苦労を経験したと思われるが、その父の口癖は、「心配するな、何んとか成る」と言うものだった。
 身震いする寒さや冷たさから、自然は確実に進んで、周りの空気はいつの間にか緩んでくる。
自然は、そんな人の営みを支えて季節を進めるように思えるのだ。私の父の口癖を、私は心配するな、何とかする。」と読み替えて、今日まで来た。
 いつもは、たいした感慨もなく迎える春の季節に、目を凝らしている自分がいることに気がついた。メディアも毎日東北の地の情報を伝えているが、自分の日々の行動に意識を強めて、季節を迎えたいと思う。
 

2011年4月6日水曜日

手塚治虫記念館

 私の孫二人も、今日が春休みの最後の日で、明日は下の男の子の入学式の日だ。
学校が始まれば、学童保育でママの帰宅まで学校が面倒を見てくれる。それで私達の春休み中の面倒は今日までになる。それで、子供達を宝塚の手塚治虫記念館に連れて行くことにした。
 手塚治虫記念館は昔の宝塚ファミリーランド跡地に隣接していて、跡地はホービスという名称で、ドッグランやペットショップ、それにシーズンズと言う英国風庭園の観賞施設が作られている。
私は、妻と子供達を手塚治虫記念館の前でおろして、桜が五分咲きの園内を散歩しながら待った。出てきた孫娘に聞くと、火の鳥、も鉄腕アトムも知っていた。子供によっては、休み中に、何度も記念館を訪れるとの事だった。
 お昼には、少し早かったが、手作りのお弁当を、皆でほおばって、ホービスを後にした。

2011年4月5日火曜日

使い始めたパター

  今日は、以前から、今使っているパターのグリップを差し替えようと思いながら、そのままになっていたのを思出だして、近くのゴルフショップに出かけた。私の手は、人より分厚い割りに指が短い。それで、クラブのグリップは細い方が手にシックリする。
 先日のゴルフで、つくづく、スコアの鍵はアプローチとパターだと、ブログに書いた。
この前のゴルフでM君などは、4メートル、5メートルのラインを一発で決め、そのほかにも、面白いようにパターが入った。それでも、彼は、自分はパターが下手だから、などと謙遜されると、それを聞いている同伴者は、益々、カッカ、として自分のゴルフが出来なくなるのだ。それほど、ゴルフはメンタルなスポーツで、一緒にプレーする同伴者のプレーが気に掛かる。
 特に、グリーンに乗せてからのパッティングが大切だ。せっかくナイスショットでパーオンしても、グリーン上のパットでスリーパット、フォーパットなどすると、がっかりして、後々のプレーに影響してしまう。私のように、ドライバーのティーショットで飛距離が落ちてきている者は、ツーオンが出来ずに、スリーオン、フォーオンになってしまうと、出きるだけピンのそばに寄せて、ワンパットで凌ぐゴルフになってしまう。それも、コースマネージメントと割り切って、それに徹すると、それはそれなりのゴルフが出来ると思うのだが。昔は、腕っ節に自信があって、飛距離で負ける事など考えもしなかったが、現実は違ってきているのを自分で認めざるおえなく成って来た。
 アスリート志向の強いクラブが好きだった私も、アイアンはストロングロフトの軽いアベレージ向けに変えた。しかし、パターは去年までスコッティーキャメロンのサーカ62というピン型を、長い間、苦戦しながら使い続けていた。それもこだわりで、一度は、スコッティーキャメロンのようなパターが使ってみたいという思いで、手にした物だったからだ。しかし、それも今年、オデッセイのホワイトホットツアー#5というマレット型のやさしいパターに変えた。ただ、苦戦しながら、スコッティーキャメロンを使っていたことは、マイナスではなかったと思っている。と言うのは、今のパッティングが随分楽になっているからだ。トウーヒールバランスといってもライン出しが微妙で私にはスコッティーは難しかった。それとパターのグリップは、その重さや握り具合がパッティングに微妙に影響する重要な部分だ。グリップの重さが軽くなるだけで、ヘッドバランスが変わり、ボールの転がりに影響する。
 今年のゴルフは、長い物より、アプローチとパターと心に決めているが、それと最近、以前に比べてぎこちない、足腰のケアがスコアの鍵を握っている。

2011年4月4日月曜日

一足早く千里の桜

 例年、花見というと、以前住んでいた豊中千里の桜並木を見に行くことにしている。しかし、如何言う事か、いつも千里の桜を見に行く時はおそがけで、満開か、それを少し過ぎた頃に行く事が多い。それで今年は、アンディーの散歩も兼ねて、早めに出かける事にした。
 「桜どおり」と言う名前が付いた、北千里の並木道は、満開の時期ともなると、道路わきに、ぎっしり車が並び、家族ずれが、お花見弁当を広げる光景が見られる。
 南北一キロほどに桜並木があって、桜の木の一本、一本はそんなに大きくない。この界隈が宅地として整備されてから40年ほどに成ると思う。と言うのは千里万博が開催された1970年頃に掛けて、吹田市と豊中市にまたがる千里丘陵に関西の大規模団地、千里ニュータウンが開発された。
 今でもこの界隈は、古いものは50年近い年月を経た団地があり、逐次立替が始まっているが、緑地も余裕を持って設けられており、当時から日本有数の団地で、ホワイトカラーの憧れの地であったとの事である。
 今日は、まだ訪れる人も少なく、住宅街の中を通る道路の為、静かな様子だった。
我々は、これも近くにある、千里北公園に立ち寄って、桜を楽しんでかえった。

2011年4月3日日曜日

桜が咲いた

 桜が咲いた。我が家から見る桜は、まだ二つ、三つ花が開いた程度だが、春にしては冷たい空気を残す外気の中での一分咲きだ。しかし、春が来たといって、何か素直に喜べる気持ちにならない。誰もが感じている、日本の閉塞感だ。世界の経済は、ニューヨークのウォール街に端を発したリーマンショックから、米国の渾身の回復と欧州諸国の努力で、かろうじてリーマンショック前の水準に戻りつつある。しかし日本経済にしても、全体としてデフレ感を完全に脱却していない。加えて中東に始まった、民主化のうねりが世界のエネルギー価格を押し上げている。何とか、中国とその周辺のアジア諸国の経済成長に支えられてはいるが、円高の強まりによって、依然として、埋め合わせる事の出来ない逆風が吹いている状況に代わりが無い。
 この様な世界経済環境の中で、日本国民が期待した政権交代は、完全に裏目に出てしまった。
政権党に付いた民主党は、元から内部で統一感を欠く寄り合い所帯で、党の中心的な政治家の多くが、与党批判はして来たが、政権運営のノウハウを持ち合わせ無い、経験不足の政治家の集合体であった。その為、その政策全般としては、政権獲得の為だけに国民に約束したとしか思われない、マニュフェストが足かせとなり、不人気の代表と共に極めて不安定な政権運営を余儀なくされている。そのように、現政権はもとより、前政権も含めて、日本の政党政治の体たらくと行き詰まり感こそが、日本の閉塞感と言っても過言では無い状況だと思うからだ。
 霞ヶ関の官僚達にしても、これまでのやりたい放題が、今の官僚抑圧的な世論に繋がっており、身の置き場の無い状況に追いやられていると思うのです。国、地方を合わせた公務員が294万人と言われています。その人件費たるや、年間27~28兆円に及ぶのです。これは23年度予算に際して財務省が出している資料を基にしていますが、その他、公務員出身者で独立行政法人、財団、その他公的関連機関に身を置く者を除いての数字です。国、地方の税収予想は、国税が38兆円、地方税が33.8兆円、合わせて72兆円そこそこです。そこに毎年、30兆円の赤字国債が積み上がっている状態です。その赤字国債は、そのほとんどが、過去の赤字国債の減債や利息に相当し、政策経費に回ると言う分けでは無いのです。このような数字が、一般国民に対して、粒さに伝えられる事はありません。それを認識している多くの人達にとっても、現状を維持する為の必要悪とされて、今日に至っていると思われます。
 事ほど左様に、一般国民に対して、何かと公にしたく無い事柄は、決して大きな声で伝えられる事はありません。政権が交代してもそれらが改まる事は無いのです。今回の関東大震災に見舞われた日本の状況を、自分なりに整理してみるのですが、ここまで書ききれない問題が、まだ数多く横たわっています。
 今回の大震災を受けて、内外から多くの励ましの声が聞かれますが、今、日本の置かれている状況を知れば知るほど、これからの日本の進む道が政治的にも経済的にも、いかに険しい道かが懸念されます。
 一般国民、政治家、官僚、地方公務員、それに経済界が認識を共有して一致団結しなければ、これからの困難を越える事が難しいと思えるほど、問題が山積する事でしょう。
 阪神大震災の時とは、日本の置かれている状況が、大きく違うという認識を、皆で共有しなければならないと思います。幸い、今回の事で、アメリカを始め世界の多くの国々が日本に好意的な援助を申し出てくれています。特に原発事故は世界にとって最大の関心事なのです。
 それにつけても、福島原発事故が、一日も早く、これ以上の事態悪化を回避して改善に向かう事を祈らずには居られません。