2012年2月29日水曜日

AKG Q701を入手

  結局、AKGのダイナミック型ヘッドホンでオープンエヤー のフラッグシップモデルQ701を手に入れる事に成ってしまった。どうせPCから簡易なDACヘッドホンアンプで聞くのだから、最初はこんなもので良いだろうと、高を括って購入したミニヘッドホンでは、結局我慢が出来無くなった。
と言うのは、USB接続の小さなDAコンバーターを介して聞くヘッドホンの音は、今迄の私の認識が根底から間違っていた事を認めざる終えないほど、ハイレベルの音質を経験する事に成ったからなのです。
こんな簡易でプラスチッキーなAKGの携帯型のミニヘッドホンでさえ、携帯型に似つかわしくないほどのサウンドを醸し出していた。AKGのK450は最初私はオープンエヤー型と間違っていたが、耳の上に乗せる密閉型のヘッドホンだった。 それと、私の頭が大きいのか、次第に装着感が窮屈に感じて、長くつけていると耳の所が痛く成って来た。
そこから、色々のメーカーの本格的なヘッドホンを調べてみる事にした。audio-technicaやSONY、STAX、デノン等の日本メーカーの製品から、オーストリアのAKG、ドイツの名門SENNHEISER等が評価の高い製品を出していた。特に日本のSONYとaudio-tecnicaにはマニヤや音楽現場のプロも手にすると言う、高性能の製品が顔をそろえていた。ただ、私の中では、昔からaudio-technicaと言うメーカーの印象は、大方が、低価格のオーディオケーブルやアクセサリーを製造していた会社と言う印象が強く、ヘッドホンの市場でそんなに高い評価を獲得しているとは、知らなかった。

海外製では、BOSE、JBL、SHUREや1937年世界で初めてダイナミック型のヘッドホンを開発したと言う、ドイツのbeyerdynamic、それにbeyerdynamicとよく比較されるSENNHEISERやオーストリアのAKG等が有りました。
特に、日本ではオープンエヤーで定評のあるSENNHEISERのHD650の人気が高かった。そこのフラッグシップはHD800で、今のユーロ安でも日本円で10万前後の販売価格となっている。
前にも書きましたが、オーディオでの音の評価は、あくまで個人的な感覚評価の面が強く、個人こじんの受け止める音の好みで製品の評価は変わってきます。
ヘッドホンマニヤでは評価の高い幾つものヘッドホンを持っていて、聞く音楽によって取り替えて楽しんでいる人も多いとの事です。確かに、本格的なオーディオシステムを一から組む事を考えれば何十分の一の経費で、高音質の音楽環境を手にすることが出来るのです。
色々の評価を調べて見ると、クラシックの視聴には少し低域寄りで音域バランスの取れた、SENNHEISERのHD650の評価が定まっていたが、AKGの現在のフラッグシップの製品で、アメリカの音楽プロデューサーのクインシー・ジョーンズとコラボの製品となっている、Q701の評価も高かった。
音質面で低音部から秀逸の高音部にかけてのバランスが取れているとの評価が多かった様に思う。本来、色々視聴比較して決めるのが良いのは分かっているが、この寒い中、わざわざ梅田まで出かけて行くのも面倒くさて、それと、ネットで安い並行輸入品を見つける事が出来た事で、最終的に最初に手にした携帯型のk450と同じメーカーの、AKG Q701を手に入れる事にした。
出てくる音は、期待に違わず、低域が少し薄いと評価されていたが、私の耳には十分ダイナミックな低音部と感じられた。高音部は評価通り瑞々しく、とても気持ちがよくて天井の高い音域を形成していると感じられた。
それと、特筆すべきは、このQ701を繋ぐ小さくてとてもチープに見えるヘッドホンアンプのNU FORCE DAC、 Icon uDAC2 が、ずいぶん頑張っている様に思われた。どうしてこんなにコンパクトでリーズナブルな価格のUSBヘッドホンアンプから、こんなパホーマンスのサウンドが出てくるのか不思議に感じるほどでした。
私は、自分のメインシステムの音に自信があるだけに、改めてPCオーディオの進化に目を見張るものが有った。
手持ちのCDは、何枚もPCに入れましたが、無料で聞けるインターネットラジオで、クラシック番組やジャズの演奏が聞き放題なのです。誰かが、新たにCDを買う必要を全く感じなくなる、と言っていましたが、成るほどと頷ける今日この頃です。
写真は、AKG Q701用のヘッドホン掛けを新たに手作りしました。それと、Icon uDAC2の木製ケースも、余り木の檜で新調しました。これで、ケーブルの硬さで、小さなDACヘッドホンアンプが振り回される事も有りません。少しずつ、USBのPCオーディオから、より進化形のネットワークオーディオへの移行を検討してみようと考えています。

2012年2月28日火曜日

玉筋魚漁の季節

兵庫県の明石漁協で、「いかなご」を水揚げするニュースが流された。明石の魚の棚商店街に行くとこの季節、どの魚屋の店先にも、「いかなごのくぎ煮」が売られています。
昔、新地の小料理店で、しめに出された「くぎ煮」を添えた白いご飯の美味しかった事を思い出される。いや、あれは、「いかなご」とは違って「ちりめん山椒」をまぶしたごはんだったかもしれない。
どちらにしても、この明石海峡から播磨灘にかけてのいかなご漁の水揚げも、関西の春を前にした
風物詩の一つに成っているのです。
昔から、甘くたきあがった釘煮は、やはり美味しい。しかし、調べてみると京都当たりでは、いかなごの釘煮よりは、先ほどの「ちりめんじゃこ」を和歌山の実山椒とともに、これもほんのり甘く炊いた、「ちりめん山椒」が良く食べられて、「いかなごの釘煮」はあまり好まれないのだそうです。
ちりめん山椒はマイワシやウルメイワシ、カタクチイワシ等鰯類の稚魚を天日干しにして甘辛く煮たもので、関西ではよく見かけるものです。
いかなごと言う魚は何の稚魚かと思って、奥さんに尋ねてみると、「かますごの稚魚じゃない?」と返って来た。
調べてみると、それは、すずき目いかなご科の魚類と記されていた。大阪湾から播磨灘にかけてが、最もおおきな漁場で、年間に10万トンの水揚げだそうだ。漁獲量も厳しく規制されており、春を前にしたこの時期が、短い漁の解禁期間に当たり、明石漁港のある魚の棚周辺では、この時期、いかなご一色に成るのだそうです。
ちなみに「いかなご」を漢字で書くと「玉筋魚」と書くのだそうで、不勉強でそんな読み方を初めて知りました。東日本ではこうなご(小女子)関西では当歳魚の稚児を新子と呼び、北海道では成長した「いかなご」をおおなご(大女子)と呼ぶのだそうです。
成長して、水温が15度以上に成ると海底の砂に潜ってすごすと書いてありました。
  近くの風物詩と言っても、何となく耳にしていて、その中身を詳しく知らない事が多いように思いました。

2012年2月27日月曜日

早世に生冥福を祈る

今朝、窓のカーテンを開けたら、外の家々の屋根は雪を乗せていた。カメラを取ってベランダに出ると、まだチラチラ雪が降っている。朝の陽が、雲の合間から覗いていて、溶ける前にと、桜の古木に乗った雪を写真に収めた。
先日、弟から吹田に住む従弟の奥さんが亡くなったと言う知らせが入った。今月の14日の事だと言う。8年前に乳癌を発病して、手術で患部を取り除いたものの、4年前に他所への転移が認められて、闘病生活が続いていたとの事である。
5年ほど前になるか、4月の桜の時期、夙川の花見の帰りに、従弟と一緒に80歳半ばの伯母を伴って我が家を訪れてくれた事があった。
背のスッとした美しい人で、予てから病を持っているうちの奥さんと、その後、お互いの病気の話などをしていたようだったが、当節ではあまりにも若い58歳と言う年齢での早世だった。 
本人の生前の希望で、葬儀は、家族だけで、すでに執り行われていた。
従弟は私より9歳年下の気の優しい人柄で、妻の病に付き添う為、単身赴任だった勤めをやめて、自ら会社を興して頑張っている最中だったとの事だった。覚悟をしていたとは言え、その若さで相愛のパートナーを亡くした悲しみは、他人には計り知れない。従弟の奥さんの冥福を祈る為に、この日曜日、遅ればせながら、私の兄弟皆で彼の自宅へ焼香に赴いた。
従弟の父親は、7人兄弟の私の母のすぐ上の兄で、亡くなってからずいぶんに成るが、私達兄弟にとっては、幼い頃からとても世話になったとても優しい伯父さんだった。私達兄弟内では、天使の様なと形容する性格の人で、私達兄弟が幼いころから、何かと面倒を見てくれた人だった。

従弟の奥さんの闘病が続く中、90歳になる伯母が近くの老人介護施設にいると言うので、突然だったが帰りに従弟の案内で、久しぶりに伯母を訪ねる事に成った。
普段、少し痴呆が出ていると聞いていたが、本人はいたって元気で、真新しく整備された施設で淡々と余生を送っている様に見えた。私達、甥、姪の顔を笑みを浮かべながら眺めまわして、皆、「歳を取ったね!」、「私が歳を取るのもしょうが無いね」と口にした。
長男の嫁が亡くなったことは知らされていなかったが、毎日、「出された食事は、美味しいと思って、頂くようにしているのよ」「私は今どこも悪いところが無いの」と言う言葉が印象的だった。
従弟に言わせると、日常の不平や不満、我儘を一切口にしないそうだ。
91歳を迎えようとしている伯母も、天使の様だった伯父の境地に達していて、自分の置かれた環境を達観して、日々を送っている様に見えた。
お互いに、日常の事柄に紛れて、長らく従弟や伯母の顔を見に行くことも無かったが、従弟の奥さんが、幼い頃世話になりながら長らくご無沙汰をしていた伯母の所に、連れて行ってくれたのかも知れないと思った。

2012年2月25日土曜日

春の気配が、、

今年の冬は季節なりの寒さだが、宝塚は、去年の冬よりも雪を見る事が少なかった様に思う。
朝起きて、外が雪だった日は、確か一日だけだつた。その代り、ここに来て天気の移り変わりが早くなって、雨模様の日も多くなって来ている。
朝歩きで、通り掛かりの家の庭の梅に、可愛らしいピンクの蕾が顔を覗かせているのを見つけた。
何と言う花なのか分からないが、枯れた葉の上に瑞々しいグリーンの葉が出て来ているのにも出会う。
家の中では、奥さんが君子蘭の面倒を見ていて、5鉢ほども有る君子蘭の鉢を、部屋のあちこちに持ち込んで越冬させているのです。それらは、もとは宇治の母親から貰い受けたものだと思うが、株分けの時期からこまめに手入れをして来ている。それぞれの鉢の葉の間からは、もう、青い君子蘭の蕾が顔を出してきていて、もう少したつと幾つもの赤い花を咲かせる。去年も、一鉢で20もの花お付けるものがあり、奥さんはそれを、結構、得意がっている。
季節は巡って、もうすぐ3月と言うので、和室には何時もの小さな雛人形が飾られた。毎年、3月1日から始まる奈良の東大寺のお水取りも、関西では春を呼ぶ行事として待ち遠しいが、今年はまず、去年の東日本大震災から丸一年と言う思いが先に来る。
大震災の津波の犠牲になられた方々のご冥福を心から祈らなければならない。
色々の事が動き出す春に向かって、私は、冬の間になまってしまった体を、少しでも元に戻そうと考えている所です。

2012年2月23日木曜日

「政治塾」が日本の政治を

  今日の夕刊に目を通していると、政治の世界で「政治塾」の開講が増えていて、この「政治塾」が今後の衆議院議員選挙を見る上での指標に成るかも知れないとする記述が目に留まった。そこで、選挙の前に塾が増えると言う事は、政治家にとって、まさに選挙と言うのは受験の様なものかもしれないと、ふと感じた。 
私が受験を経験したのは50年近くも前の、昭和37年から38年の頃になります。小学校から中学校時代にも、何度か学習塾に入った事を記憶していますが、あまりはっきり覚えていません。いずれも長続きせず、すぐ辞めたと思っています。
その頃、私の父は体の無理がたたって、戦後多かった結核を病み、家を売って借家住まいと自宅療養を余儀なくされていた時期でもありました。自営業だった家庭は、経済的に、とても困窮してて子供の塾通いどころでは無かった頃だったのです。高校進学も、一番手近かで、失敗する心配の無い府立の高校に進学しました。そんな分けで、私は、大学受験の時期が来ても、受験の為の予備校の様な所には行った経験が有りませんでした。
  たまたま近くに、行きつけの町の風呂屋があって、そこに関西の大学に通う兄弟がいました。その経緯も覚えていませんが、関西大学の法学部の学生だったそこの兄貴が、週に一、二度私の受験英語の勉強を見てくれたのです。その人の弟は関西学院大学の英文学部の学生で、時折、大学生活の話を、私にしてくれました。勉強を見てもらうのも、そこの兄貴のボラティアだったと思っています。そして、そこで、私の頭の中に大学生活の情報がインプットされ、大学進学の夢を膨らませる切っ掛けになった様に思っています。純真な18歳の私には、そこの兄貴たちと一緒に風呂場の掃除をする事と、大学生活の話を聴く事は、勉強を見てもらう以上に受験勉強中のストレスを発散出来る、楽しい時間だったのです。
高校の担任からは、その時の私の学力程度から、広島大学の文Ⅰを受験するように指導されましたが、18歳の私には原爆が投下されて多くの無残な犠牲者の出た街は、とてもイメージが悪かった。それに、関西の大学なら、アルバイトをしながら実家から通えると考えていました。それと、兄貴たちの、関関とは違って同立の同と京都の街にあこがれたのだと思います。
結局、昭和38年春、京都の同志社大学経済学部に現役で入学することが出来ました。
元々、何かを始めた時の集中力と、本番に強い気性が、その当時から有ったのかも知れません。
そんな分けで、私は若い時から、「何々塾」と言うものを経験したことが有りませんでした。しかし、日本での、本来の意味での塾は、塾そのものが学びの場であって、決して予備と言う意味は無かったのではないかと思うのです。
今の政治家には、大学を卒業後、社会にほとんど出ることなく企業が主催する「政治塾」なるものに入塾して、職業政治家を目指した人たちが沢山生まれています。そしてそういう人たちが国の中枢で国政を担っているのです。私は勉強不足で、どこの世界にそんな国が多くあるのかを知りません。
若くから、社会で生産的な仕事にも付かず、大学に残って研究者として専門を極めることもなく、若くから、只管、国や地方の税金に支えられて暮らしてきた職業政治家たちに、本当の国民の生活が理解できるとは、到底、思いません。日本の政治が「何々塾」に担われると考えると、とてもやりきれない気持ちに成りませんか。

2012年2月22日水曜日

Audioquest CinnamonUSB

  今日の朝は寒さが少し緩み、久しぶりに朝歩きで薄っすら汗をかいた。それでも、自宅からまだ高い住宅地の急な坂道を上って行くと、道路の所どころに凍った跡が見受けられた。明け方までに雨か雪が降ったのかも知れない。
さて、9日に届いたヘッドホンアンプIcon uDAC2とAKGのヘッドホンK450のエージングは着々と進んでいて、早速、USBのケーブルも米国のAudioquest社が出している、シリーズの下から二番目ですが、オーディオグレイドのCinnamonと言う70㎝のケーブルに変更しました。オーディオグレイドのデジタルケーブルでは米国のWire world社が先行してレベルの高い製品を出してきているようですが、このAudioquest社もWire worldよりは後発ながら、比較的短期間のうちに大幅に製品価格を引き下げた高品質のUSBケーブルを提供してきているとの事です。
私は、以前から音楽信号を伝送するオーディオのケーブルに関心があり、本体オーディオの電源ケーブルやラインケーブルには色々なものを試してきました。
最初は、どれほどの変化があるのかと懐疑的でしたが、まず、家のACコンセントからオーディオ機器に繋ぐ電源ケーブルの違いに驚きました。当時から、海外製品のOrtofonやWire world、Camelot Technologyなどの中で比較的予算に合うものを試してきて、現在、電源周りは最終的に米国のSynergistic Researchのケーブルで落ち着いています。
昨年からラインケーブルの方には、米国のCardas社のケーブルを繋いでいますが、もとはラインケーブルもSynergistic Reseachで固めていました。去年たまたま、CardasのGolden Crossと言うRCAケーブルをネットで手に入れてフォノアンプに試してから、少し浮気をする様になりました。
オーディオのスピーカーから出てくる音は人が耳で聞くものですから、当然、人それぞれの好みが有り、個人個人によって、その音声の受け止め方もまちまちだと思うのです。そんな中で、自分に合った音を探していくわけですから、そこに多くの試行錯誤があって、オーディオの楽しみ方が生まれるのだと思っています。
  純粋に音楽そのものを楽しむ聴き方と、自分の納得のいく音で楽しみたいと言う人では、その方向は多少違うのかも知れません。
今回は、パソコンに音楽を取り入れて、スピーカーからではなくヘッドホンを介して、少しでも、良い音楽を聞きたいと言う思いから、新しい試行錯誤が始まりました。
解説書によりますと、ネットオーディオと言うジャンルと、USBオーディオと言うジャンルでは、同じくデジタルから音を引き出す楽しみ方にも少し違いが有って、ネットオーディオの場合はUBSーDACを介してヘッドホンや、イヤーホンでPC内の音源を楽しむよりも、もう少し手の込んだデジタル機器を入れてコンテンポラリーなオーディオの楽しみ方になる様です。
先日作ったヘッドホン掛けに速乾のラッカーを塗り、Icon uDAC2の檜造りのケースを、もう一つ作ってみました。マホガニー色のラッカーを二度塗りしたら、そこそこの出来栄えに満足している所です。

2012年2月20日月曜日

日経ダウ一時9.500円台へ

  今日午前中、車の中で東京証券取引所の日経ダウ平均株価が9.500円台を回復したと言うニュースを聞きました。それと無く、いつも横目では見ていますが、特にチャートを出して、株価が如何なっているかを調べようと言う気にもなりません。
日本の企業や株価を取り巻く環境や条件が、あまりにも読み難く、特に、今の政府や政党による日本の政治状況に落胆(がっかり)しているからです。
欧州でのギリシャ支援問題が当面の山場に近づき、ギリシャ議会で大幅な緊縮財政が合意されたというニュースから、欧州の財政問題に目先の目途が見えて、欧州発の金融波瀾の不安が幾分和らいだ事の影響かもしれません。対円でユーロが105円台に戻してきました。
それと、FRBが、1月25日の連邦公開市場委員会(FOMC)の表明で、少なくとも2014年迄ゼロ金利政策を継続すると表明したあたりから、日経ダウ平均も米国の株価に引っ張られて9.000円台に乗せて来ていました。ここの所、久しぶりに海外のファンドによる日本株の買い越しが続いているようです。
あたかも、日本では白川日銀総裁が国会に引っ張り出されて、全然、国内のデフレが治まらないこ事を追及され、「金融政策だけで経済のデフレは治まらない」と、苦しい答弁を余儀なくされていましたが、昨年10~12月のGDPが1%のマイナス成長になった事で、それを基にして、2月14日、日銀による更なる追加金融緩和が発表されました。
この事態に、為替が円安方向に動き出しました。いつまで続くかわ分かりませんが、一息入れている企業関係者も多いはずです。
そこから、国内の株価も弾みが付いて来て、今日で確か5日連騰ではないかと思われます。そうはいっても、12年3月期通期の企業業績は、輸出主導の大手電気機器メーカー中心に大幅な減益ないし赤字決算を余儀なくされており、来期の見通しも全く定かでは有りません。調査機関の集計では企業を取り巻くPER(株価収益率)も20倍迄来ているようです。
  今年の初め、世の中の事で、少しでも良い事、楽しい事に目を向けようとは思いましたが、相変わらず、楽しい事を目にしたり、耳にする事は少ない様です。
最初の株価の事で少し触れておきますと、株価を取り巻く諸々の情報や環境変化に捕らわれづに、まずチャートだけを眺めて見る事で、色々な理由が後から見えて来る事が有ります。
株価の動きを見るチャートには、普通、株価の歩みを白と黒の棒線で書く罫線が一般的です。その棒線の時系列での繋がりの形で、その先の株価の上下を予想する手法が昔から使われていて、江戸時代の米相場から考案された「酒田五法」と言う古くからの手法等も伝えられているのです。この、白と黒の棒線で表すチャートをローソク足と言い、そこに13週とか26週、長いもので52週の移動平均線と言うチャートを重ねて、株価の水準と、売り買いのタイミングを読んだりしています。
ここでは、一つ一つを詳しく説明する余裕は有りませんが、普段、株価の水準を、こまめにトレースしていない人でも、とても分かりやすい指標を紹介しておきますと、第一番目が、「騰落レシオ」と言う指標です。この指標は、今の株価の水準が高い位置にあるのか、比較的低い位置にあるのかを見る指標なのです。これはとても簡単な指標で、東証一部の全銘柄の25日間の値上がり銘柄数と値下がり銘柄数の比で表します。一般的に、70%以下が売られ過ぎ、120%以上が買われ過ぎと理解されています。さて、現在の数字は如何なっているでしょう?
他に、株価の今の水準が高いか安いかを表す指標にRSI(相対力指数)と言う指標が有りますが、それよりも、一目見て分かりやすい指標に「ストキャスティック」と言う指標が有ります。
この指標は現在の株価が最高値に近いのか、最安値に近いのかを示すことで、「買われ過ぎ」とか「売られ過ぎ」とかの市場の過剰反応を読み取る手法なのです。ストキャスティックには%K(-K)、%D(-Fast)、Slow%D(-Slow)の3種類の指標が有りますが、そんなに突き詰めて見るのでなければ、ただのストキャスティックと表されている%Kでいいと思います。
最低が0%で最高が100%ですから、一目で感覚的に分かりやすい指標です。そして分かり易い上に、限りなく100%に近い位置からは、そこでの滞留時間を別にして、後は、下を向いて下がるだけになります。私の経験では、このチャートを眺めていると、理屈を別にして株価のその先が見えて来る様な気がします。80%以上が高値圏、20%以下が安値圏と理解されています。
それと、私はチャートを見る時は、出来るだけ長い期間で眺めるようにしています。
私自身は、昔から株価や相場の全体像を見るときの基本チャートには、一目均衡表と言うチャートを使っていますが、その、チャートに、騰落レシオやストキャスティックの指標を合わせてみるようにしています。それに、各週の移動平均線の上下とその交差(クロス)を参考にする事も有ります。
いずれにしても、「過去を振り返り、現在見て、将来を予想する」と言う社会科学の本質には絶対と言う言葉が有りません。とても難しいので、私は最近、株価をあまり見ないようにしています。

2012年2月17日金曜日

大阪歴史博物館で民芸の美

  今日は奥さんの病院の月例の受診日で、朝から天王寺区のNTT西日本病院に向かった。外は
時折陽がさす時もあるが、冷たい風が顔にしみるような寒さだ。何時もの様に病院の駐車場の近くで、アンディーにおしっこをさせ、1時間以上車の中で待った。
私が、ラジオの国会中継を聞きながら日経新聞に目を通している間、アンディーは助手席のシートにうずくまって、気持ち良さそうに眠り込んでいた。隣に私がいるだけで安心するようだ。
ただ今日は、病院の帰りに大手町の大阪歴史博物館に寄る予定をしていた。うちの奥さんは、如何いう分けか抽選に強く、大阪歴史博物館で催されている柳宗悦展のペアチケットを申し込んだものが送られて来ていた。
アンディーはもう一度、博物館の地下駐車場の中で、車中の留守番をしなければならない。
上本町通りの大手町四丁目にはNHKの大阪支局の大きなビルと、それに隣接する大阪歴史博物館があり、その隣には大阪府警のやけに立派なビルも聳え立っている。
奥さんが陶芸の習い事をしている関係で、民藝派の陶芸家として紹介される、河合寛次朗や浜田庄司の名前はよく知っていて、岡山の大原美術館や去年訪れた安来の足立美術館などで作品には、何度もお目にかかっている。
今回の柳 宗悦は日本で、いわば民藝品の美を提唱した本人であり、明治43年には文芸雑誌「白樺」の創刊に参加して志賀直哉や武者小路実篤らの中心メンバーの一人として活躍したのだそうだ。その後、27歳の頃、人から贈られた朝鮮の小さな壺の素朴な美しさに魅かれて朝鮮に渡り、そこで、民族性の現れた民衆の実用品に美しさを見出したとの事です。

  日本に帰って、全国各地の職人の手による実用品に注目して「民芸」と言う新しい言葉を生み出したと有りました。関東大震災の混乱を避けて京都に身を寄せた頃、陶芸家の河合寛次朗や浜田庄司、英国人のバーナード・リーチなどとの親交を深めたとの事です。棟方志向や岸田劉生などの画家などとの親交も記されていた。
昭和11年には、自ら集めた民芸品を展示する日本民藝館を東京駒場に開設しました。今回の
特別展は、日本民藝館の所蔵する各地の民芸品や、柳と行動を共にした仲間の工芸家たちの作品など、350点の作品、資料を展示して、柳宗悦が唱えた民芸の美と思想を紹介しています。
柳宗悦とは少し先輩になりますが、兵庫県福崎町出身で「遠野物語」で知られる民俗学者の柳田國男を思い出しました。やはり、東京帝国大学文学科に進み、最初詩作や文学を志して、田山花袋や島崎藤村、森鴎外などと親交があった状況が、どこか共通している様に思えたのです。
日本各地の郷土研究から日本の民俗学を打ち立てた柳田國男と、全国の郷土の工芸品に職人が作り出す美を見出した柳宗悦の事が心に重なって浮かんだ。



2012年2月15日水曜日

久しぶりの工作

  暇に任せてヘッドホンスタンドを作ってみた。形はネットに3.800円の価格で出ていたものを拝借した。能勢の道の駅まで行けば、銘木の端材が格安で手に入るのだが、たかがヘッドホン掛けの為に能勢町まで行くのもめんどくさいと、近くのコーナンで手に入る檜の板で間に合わせた。
たしか、檜の板と、短い円柱で芯がボルト止めの加工がしてある物の合計で、1.200円の材料費で、写真の様なものが出来上がった。いくらAKGと言っても、ミニヘッドホンには大げさな代物が出来てしまった。ヘッドホンを掛ける部分の材料は、奥さんが100均で買ったアップリケ用のフェルトを失敬して巻いたものなので、経費は発生していない。
Craft爺さんとしては、実は久しぶりの手慰みになる。今年に入ってから初めての工作だが、この前は何時何を作ったかも忘れてしまうぐらい、製作と言う製作を何もしていなかった。
孫の所の椅子もテーブルもどんどん背が伸びて、そろそろ作り直すか、買い替えなければと思っている。
今年初めての物造りで気分に弾みがついて、先日購入したDAC付のUSBヘッドホンアンプのラックを作ってみようと思いついた。と言うのは、そのIcon uDAC2と言うヘッドホンアンプは、まさしく手の平サイズで、あまりにも小さすぎて、USBケーブルが硬いので、たまにテーブルの上で動いてしまう程なのだ。
  その為、ヘッドホン掛けを作るのに購入した檜の板をベースにして、周りをバルサの極薄の材料で囲って、化粧に上からゴールドのアルミテープ(珍しく、あまり見かけた事がない)を張って作りました。
足元は、以前東急ハンズで購入した5ミリ圧ほどのゴム状の制振シートを付けています。
ヘッドホン掛けが大きすぎて、ミニヘッドホンでは物足りなくなるほどだ。それと、毎日ヘッドホンでエイジングをしていると、ヘッドホンもアンプの uDAC2の方も鳴り方がどんどん良くなってきた。
だいたい、今まで如何してヘッドホンを使用しなかったと思えるほど、また別の楽しみ方を発見した思いがしている。


2012年2月10日金曜日

USBオーディオ開始

  9日にAKG(アーカーゲー)のミニヘッドホンが届いて、今日、NU FORCEのIcon uDAC2(アイコン ユウダックツー)がAmazonの宅配で届いた。
AKGは届いた時点で、早速、PCのイヤホンジャックに繋いでCDを視聴したが、やはり、自宅にあったステレオのイヤホンとは別次元の音が聞こえてきた。音圧が違うので、音の広がりや迫力が違う。しかし、そこに、微かなノイズが乗っているような感じがした。当然、まだ届いたところで電気信号が通ったばかりだから、多少、エイジングと言って慣らし運転が必要な事は有るかも知れない。
そして、今朝、待っていた、USB接続DAコンバーター/ヘッドホンアンプの小さなIcon uDAC2が届いた。購入前に想像していたよりも、まだ小さかった。それはマッチ箱と比べても少し大きい程度であまり変わらないサイズに見える。PCにUSBで接続するDAコンバーターは数多く販売されているが、その中でも最少クラスの大きさになるのでは無いだろうか。
その特徴を見ると、個々の半導体を一つ一つ選定して調整したディスクリート構成の回路方式がとられていて、受信したデーターをUSBオーディオレシーバーで処理し、そのデーターをもとに、D/Aコンバーターで2Vのアナログ信号に変換するのだそうだ。そこには、高性能ヘッドホン出力と共に、アナログRCA、デジタル同軸を備えられている。
スペック表には、USB DAC 96KHz、24bit 、アナログRCA出力110db、SN比が98dB以上、ヘッドホン出力 80mW×2の数字がありました。
私の場合は、今回ヘッドホン出力での使用の為、付属のUSBケーブルでuDAC2の背面のUSB入力とPCを繋いで、前面のヘッドホンジャックにヘッドホン端子を入れ、ボリュームつまみを回せば、PCに入れたCD音源を聞く体制が整った事になります。
  Icon uDAC2をUSB入力からPCに接続すると、PC側で、汎用のUSBインターフェースとして自動的に認識されますので、他に駆動の為のドライバーやPCでの設定などは全くありません。
いつも私が聞きなれているモーツアルト・グレイト・ヒットというソニーレコードから送られてきたCDを、PCに読み込んで、視聴を開始しました。
まず感じたことは、オープンエヤーだからなのか、音が軽やかで音場の広がりと奥行きがイヤホンで聞く音とはまるで違います。高音部も自然で詰まったところが有りません。それと、低音部の広がりが確りしていて、決して押しつけがましい所が無いのにも好感が持てました。私の、普段聞いているオーディオシステムから出てくる響きと、ニュアンスはそれほど変わらない様に感じました。勿論、全体的な、音場の広がりや、奥行き感、音圧によるリアリティーは違いますが、炬燵に入っていて聞く分には、ある意味これでも十分ではないかとさえ、思わせるパホーマンスなのです。
実は、このAKG K450というミニヘッドホンはメーカーの定価は19.800円ですが、Yahooオークションで新品を5.980円で落とす事が出来ました。色々の評価の割に落札価格があまりに安すぎたので、ひょっとして、ちゃちな代物では無いかと心配していました。少し高くてもゼンハイザーのHD650当たりにしておけば良かったかと考えていたのです。
所が、このNU FORCEのIcon uDAC2に繋いだAKGはさすが老舗メーカーの人気の高いヘッドホンで、全くストレスが無いどころかその再生音にはびっくりしました。今も、ヘッドホンで音楽を聴きながらPCに向かっていますが、装着してて全く疲れを感じません。
ヘッドホンの価格が安かったのでAKGの評価を先に強調しましたが、このマッチ箱の様なDAコンバータのパホーマンスには改めて驚きました。オープン価格で15.750円、Amazonのサイトで購入しましたので、送料もかかりませんでした。
ピュアーオーディオ用に開発されたDAコンバーターもピンからキリまでで、私などが全く手の出ない高額な製品もあります。PCに接続するUSBのDACが出始めたのは比較的日は浅いのですが、3万~30万ぐらいの製品が目につきます。
それにしても、DAコンバーターだけ高級品でも他とのバランスが有りますから、何でもかんでも高ければ良いとは限りません。
私の場合、普段はスピーカーでアナログのLPを聴いたりしていますので、あえてPCで音楽を聴く必要はないのですが、上質のヘッドホンで聞く聴き方も有りだな、と感じた次第です。
Linn Recordsから出ている高音質CDに、私が好きなキャロル・キッドのボーカルでMy Funny VolenTineという曲がAutumn In New Yorkという曲とメドレーで入ったものがあります。
ボーカルを聴くときのリファレンスにしているのですが、このAKG K450と Icon uDAC2のPCオーディオコンビがとても上質な雰囲気の歌声を聞かせてくれています。

2012年2月8日水曜日

PCでUSBオーディオ

LenoboのパソコンG570は快調に動いている。去年の状況とは、それこそ、月とすっぽんでストレスから完全に解放されました。どうゆう分けか、オペレイティングソフトもMicrosoft Office 10をインストールする事が出来たので、これで不足は無くなりました。
Windows Live ホトギャラリーなども使いやすく、写真を編集するのにに重宝しています。そういう分けで、私は、和室のノートパソコンを置いている堀炬燵に根が生えてしまって、ついつい、動くのが億劫になってしまうほどです。そこで、気分転換にパソコンで音楽を聞いてみようと思い付きました。ところが、我が家には、イヤーホーンはおろか、ヘッドホンも無い事に気がついたのです。
確か、息子が以前携帯のイヤホンを置いて行ったのを思い出して探し出して来ましたが、イヤホンで聞く音楽では、やはりしっくり来ません。
今まで、パソコンで音楽を聴くことが少なく、オーディオもヘッドホンで聞いたことが有りませんでした。と言うよりイヤホンやヘッドホンで音楽を聴く必要に迫られなかた、と言うのが本当の所なのです。
それと、私は現役の時代から左の耳に一寸したトラブルがあり、何ヶ月も耳鼻科に通った事があって、耳の奥に差し込むカナル型のイヤホンなどは、何となく抵抗がありました。それで、特に、イヤホンをつけて音楽を聴くという行為を敬遠したのかも知れません。勤めている頃、左耳で受ける電話と右耳で受ける音声の聞こえ方に違いがあったのです。最近、そのことを知らない間に忘れていて、自覚していないという事は、仕事か何かのストレスから来ていたのかも知れないと思っています。
最近たまにオーディオの雑誌などを覗くと、PCオーディオとかネットワークオーディオと言う見出しを良く見るようになりました。つまり、i Podや携帯用音楽プレーヤーの影響で、高音質の音源を手軽に持ち運べるようになったのと、iPod等に収録してある音楽を自宅のヘッドホンアンプに繋いで聞いたり、パソコンををUSBでヘッドホンアンプと繋いでパソコンに有る音楽を楽しむのが、若い人の間で流行って来ている様なのです。
そこで、まず手軽なオーバーヘッドホンで多少HiFi志向のものをネットで物色して見ようと思いました。昔から、ドイツのゼンハイザーやオーストリアのAKG、日本製ではソニーやSTAX、オーディオテクニカなどのメーカーの製品が何となく高級品に有るというのは、横目で見て知っていました。
ヘッドホンやイヤホンでも高級品になると10万~20万の製品はざらで、たかが、ヘッドホンと馬鹿に出来ない高額な製品があるのです。
しかし、最近は現役の時と違って、気軽に無駄遣いは許されないので、実用的な製品を選んでみました。戦後、マイクロホンや業務用ヘッドホンで高い評価を得ている、オーストリアのAKGの製品で、
K450という小型軽量の密閉型の製品が、とても安く手に入る事が分かったのです。
SENNHEISERのHD650なら申し分ないと思いましたが、さすがに安売りはしていません。そこで、AKGのリーズナブルな価格のものを使ってみる事にしたのです。
ヘッドホンが決まったら、今度は、パソコンに繋ぐDAC(デジタルアナログコンバーター)を手当てしなければなりません。それが、先ほど書いたUSBオーディオとかPCオーディオと言われるもので、パソコンの中にあるデジタル音源をアナログに変換して、外付けのスピーカーやヘッドホンに音を伝える役目をする機器の事なのです。
調べてみると、これもピンからキリまであるのが分かりました。ミニコンポの様な可愛くて安価な製品を出しているオーストリアのPro-Ject Audioなども候補に上げましたが、今回は、DAC付の安価なヘッドホンアンプを試してみる事にしました。
そのヘッドホンアンプとDACが合わさった製品とは、アメリカ、カリホルニアに本拠を置くNUFORCEというメーカーが出している、小さくて可愛いIcon uDAC2という製品です。色も、黒、赤、シルバーの三色があって、手のひらに載るほどの機器ですが、96kHz 24bitのDACを搭載した高性能USBデジタルオーディオコンバーターなのです。NUFORCEのホームページには、そのパホーマンスは、オーディオファイルCDと同等かそれを上回ると書いていました。Amazon.comのサイトから、躯体が黒の製品を注文しましたが、ヘッドホンが届くより、少し遅くなると思います。今からセッティングと音出しを、とても楽しみにしています。
また、結果は報告いたします。!

2012年2月7日火曜日

国会質疑の感想

参議院での国会中継を、ズルズル見てしまった。質問する方も、論点がバラバラで、事の本質を突いていない質問が多く、答える方も答える方で全く答弁に成っていない。野田総理の答弁を聞いていても、歯の浮くようなと言うのはこう言う事かと思うほど口先だけで、確りと、真摯に、頑張ってとか、並べられるだけの形容詞を並べて、何が言いたいのか全く分からない。中身がないから、どうしても苦しい言い逃れに終始している様にしか見えないのです。
野田首相と閣僚達は、自分たちが主張している事が、今、本当に国民の為に必要な事と確信しているのだろうかが疑わしい。日本にとって、消費税の増税が今、最優先の戦略だとする理由付を、もっと具合的に、丁寧に国民に説明する必要があると思うのです。
国債の発行残高が700兆円に及び、国の諸々の債務残高が今年度末には1.054兆円の予想となり、トータルで1.000兆円を超えてしまう。此のままだと、欧州の過剰債務国の国債の信任が失われたと同様に、日本の国債の信任も失われて、その結果、大半の日本の国債を保有している邦銀が日本国債を買わなくなり、さらに、売却に走る様になれば、国債の金利は跳ね上がって、それこそ、毎年国債の利払いだけに追われる事に成る、と言うのが野田首相の消費税増税と社会保障と税の一体改革で言う主張の趣旨だと理解しているのです。彼が日本の国民に放つた、日本財政の破綻の警鐘は、国内はおろか、世界中に届いています。米国や英国、中国などの国の主導者が、何処に自国の財政破綻を喧伝している国があるでしょうか。長期の低金利と財務省証券の増刷でドル通貨を世界に垂れ流している米国はどうなるのでしょうか。
しかも、消費税をいくらまで引き上げれば、社会保障財源が賄えるかとの目途も持ち合わせていない事を見れば、社会保障の一体改革と言うのは増税の為のカムフラージュでしか無い事が分かります。
しかし、現状日本のGDPの2倍の債務残高が容認されるかと言えば、私もそうは思いません。
ECB(欧州中央銀行)にしても、いまや世界の基軸通貨としての影に不安が付き纏う米国も、国の信任以外に何の裏付けもない通貨を発行し続けているのですから、ドルの足元のIMFが、日本の事を言える立場では無いと事が分かります。そう思うと、自ら世界に、自国の財政不安の情報を大声で発信し続けている国も珍しいのではないでしょうか。
古川という若い国家戦略担当大臣にしても、もう少し、民主党政権の中で、何かまともな政策や戦略を持ち合わせているのかと期待していましたが、昨日の答弁で、2020年の話をしている様では、ほとんど当てにならない人間である事が分かりました。
どう考えても、野田チームは、消費税を上げる事が政策の目的になっており、大々的に国家予算の支出削減に取り組むとか、何より、日本経済の浮揚に繋がる戦略について国を挙げて取り組むとか、ゼスチャーでもいいから風呂敷を広げれば良いと思うのですが、そうした景気浮揚の政策は、悲しい事に全く見られないと言うから話にならない。
委員会のやり取りの中で、特別会計と独立行政法人改革について、特会削減の方向を出したとしても、その事による財源捻出の数字の目途も持ち合わせていない事が分かりました。
ダメな自民党時代でも、国家戦略会議とか、曲がりなりにも日本経済の浮揚策についての各種の取り組みを見ることが出来た。其の事は、日本政府が世界に向かって成長戦略を取っている事の表明でもあると思うのです。
世界経済の中で、日本の信任を確保する為には、日本政府は確りした政策と戦略が必要になると思います。増え続ける債務残高に歯止めをかける戦略が、目先の8%、10%、の消費税増税だけでは無い事は、誰もが分かっているはずです。
所が、今の野田首相は、どう思い違いをしているのか分かりませんが、消費税の増税を行う事が、最大の自己目的になっている節が伺えるのです。
どう考えても、政治生命を掛ける順番を間違えているように思えてなりません。
原発事故で電力行政の中身が露わになった通商産業省や、八ッ場ダムで箱もの行政でいまだに問題を抱えたままの国土交通省、年金のでたらめな管理運営で批判が集中した厚生労働省など、日本の再生を期す為の問題が山積みされているのです。自らの立法府、行政組織という業務範疇の改革を横に置き、押し付けやすい一般国民に、ごり押しとも取れる増税の主張は、順番が違うと言われても仕方が無いと思うのです。
世界的に、社会保障費の増加を間接税で賄うという流れは致しかたないとしても、増税そのものが政策の主流ではなく、補完的戦略でなければ成りません。
国会のやり取りを聞いていると、各所に口先だけで言い逃れしようとする様が見て取れて、その裏には確りした戦略も政策の目途も持ち合わせていない事が透けて見えるのは、悲しい限りではないでしょうか。まさに、現政権を担当する政治家達の資質が問われていると思うのです。

2012年2月4日土曜日

美味しいパン屋の思い出

  今年初めて、大阪の江坂に有るジャパン・ホウムベーカリー・スクールにパンの粉の買い出しに出かけた。奥さんは、ほぼ4~5ヶ月置きにパンの粉と材料をここで手に入れている。
何度か浮気して他の店で購入したことは有るが、色々取り替えてその度に焼き比べるのも面倒だと思っている様だ。
私は、パンが好きで若い時から、朝はパンとコーヒーで過ごしてきた。
40年ほど前の話になるが、京都左京区の北白川にクロワッサンが美味しいドンクと言うパン屋さんが出来た。当時としてはハイカラな店で、中で食事をする事も出来る洒落た店だった記憶がある。バターを練り込んだ、カリッとしたクロワッサンを目当てに度々立ち寄ったが、その時は、このドンクというパンの店が神戸出身の老舗のパン屋だとは知らなかった。
後に神戸で仕事をするようになるのですが、神戸は、昔から在住の外国人が多く、ドイツパンやフランスパンのいくつもの老舗のパン屋がある事を知った。中でも、三宮の加納町にあるフロインドリーフはドイツパンの老舗として知られていて、築70年の教会が取り壊されると聞いたオーナーが、その教会を買い取って、そこで食事も出来る雰囲気のあるパンの店を開いたのだそうです。
  また、2号線の芦屋川の業平橋を過ぎたところに、これも有名になったフランスパンのビゴが本店を構えている。このビゴで修業した多くのパン職人が、各地で独立してパンの店を展開しているとの事です。私達も神戸市内に出かけた折には、いつも立ち寄ってフランスパンを買って帰る事にしている。
ビゴの店ではオーナーによるパンの講習会も定期的に開かれている様で、全国から受講者が集まるのだそうだ。
その他、パンの店で記憶に有るのは、昔、たまたま立ち寄った広島のアンデルセンと言う店を思い出す。これは、その当時は知らなかったが、広島が本社のタカキベーカリーが古い銀行の建物を買い取ってデリカテッセンを展開したお店で、中ではハムやソーセージ、キャビアや各種のジャム等に、メインのパンが置いてあり、とても新鮮でまるでヨーロッパの店舗の中にいる様に感じた記憶がある。30年の時間を経て、今、アンデルセンの店も全国に店舗を広げているようです。
江坂のビルの2階にあるジャパン・ホームベーカリー・スクールでは、ガラス窓で仕切られた教室で何人もの受講者がせっせとパン作りに励んでいた。

先日、うちの奥さんがパンを焼く事を知っている近所のペット友達から、ボランティアで世話をしている子供達のお土産用に、30個の菓子パンの依頼が飛び込んで、奥さんは、嬉しそうに引き受けていた。そう言う訳で、この日も、ぎっしり重たい、4か月分の食パンと菓子パン用の粉を買い込んで帰りました。



2012年2月3日金曜日

節分の風習

日本海側や北の方は大変な大雪に成っている。舞鶴で95センチの積雪と言う事は、昨年訪れた、お婆さんの実家がある山あいの丹波町や綾部でも、一面、雪に埋もれていると思われる。とは言え、季節は進んで、今日は節分だ。うちでも、奥さんが今日は巻き寿司を作ると言っている。
豆まきの福豆も、奥さんがマーケットで買ってきた。子供達が小さな頃は、皆で家の中の豆を拾い集めて、ボリボリ食べていたが、今は夫婦二人で沢山撒くと後の掃除が大変だ。
私は結婚当初京都市内に住んだが、京都で節分に鰯を食べると言う習慣もその時初めて知った。
節分は、元々季節の分かれ目の意味で、「立春」「立夏」「立秋」「立冬」の其々の前日を指していて、
暦では、春分や秋分と同じく、季節の歩みを表す節目の日でもありますね。
暦で立春の前の節分が特に節分として残っているのは、立春を前にして冬から春になる一年の節目の日として、今の大晦日と同じように考えられていたとの事で、その日に一年の厄難を祓い新たな年を迎えると言う意味が込められているのだそうです。。
調べてみると、「豆まき」の行事は「追難(ついな)」と呼んで、中国から伝わった風習らしく、俗に言う「厄払い」「厄落とし」と呼ばれて厄病などをもたらす悪い鬼を追い払う儀式として、文武天皇の頃、慶雲3年(706年)に宮中で初めて行われたのだそうです。
  先ほどの、節分に鰯を食べる習慣も関西を中心にした西の風習との事で、鰯の頭を柊の小枝に刺して魔よけとして家の入口に飾る事から来ていると言う事です。
京都の八坂神社で行われる祇園祭は、元々、平安時代初期に京都に都を移して以来、度々市中に疫病が流行した事から、それを治める神事としてその由来があると聞いていましたが、私は、何となくこの疫病のお祓いの意味で鰯を門口に吊るすという風習が始まったと思い込んでいました。
しかし、節分で魔よけに鰯を食べると言う習慣は、もっとそれ以前からの風習で、鰯を焼く煙で厄病を祓うと言う意味が込められていたのでは、との事なのです。
それと、今年の恵方は北北西の方角だそうで、節分にこの方角を向いて巻き寿司をほうばる風習は、福を巻き込むとか、まるかじりは、縁を切らないと言う意味が込められているのだそうです。そして、この習慣は、主に大阪の船場から広まった風習らしくて、大阪海苔問屋協同組合が道頓堀で行った「巻き寿司のまるかぶり」のPRイベントがマスコミに取り上げられて、関西地方に広まり全国に広まって行ったとの事なのです。と言う事はずいぶん最近のことに成ります。
節分の豆まきと鰯を食べる事、それに巻き寿司のまるかじりは節分の一連の風習だと思っていましたが、少し違っている事が分かりました。面白いですね!

2012年2月1日水曜日

予想の付かないリスク

  2012年3月期の企業決算予想を目にする時期になって来ました。昨日も、驚きましたが、リコーの決算予想で、今まで初めて最終赤字に陥るとの予想を目にした事です。伝統的に営業力が強く財務基盤が確りしていると目されていた企業の代表格の赤字決算です。家電メーカーや精密機械メーカーの苦戦は予想されていましたが、パナソニック、ソニー、東芝、シャープ、富士フイルムなど、日本の蒼蒼たる電気精密の代表的企業が、軒並み減益や赤字決算を計上する予想となっています。
ギリシャに端を発した欧州のEU加盟国財務不安が、米国や日本の企業に大きな影響を与えていますが、その事が日本に取っては、為替の面で全ての通貨に対して大幅な円高となって跳ね返って来たのです。
更に、昨年3月に起きた東日本大震災の影響に加えて、昨年は、工場進出していた東南アジアのタイで、思いもよらぬ洪水被害が追い打ちを掛けた格好に成りました。
パナソニックやソニー、シャープの薄型テレビのパネルメーカーを見てみますと、昨年このブログでも取り上げましたが、2011年7月にアナログ波のテレビ放送がデジタル波に移行する事による、買い替えブームが起こりました。各社はそれに向けて、2007年ごろから国内に大規模なパネル工場の増設に入っていたのです。
パナソニックは兵庫県の尼崎や姫路に大規模なPDPや液晶のパネル工場を建設し、シャープは大阪堺に1兆円の21世紀型コンビナートとも言うべき工場群の中で、3800億に及ぶ液晶工場の建設を行っていたのです。そして、ソニーは韓国サムスンと合弁と言う形で、液晶パネルの増産に対応しました。

各社が、工場の増設に入った翌年、アメリカでサブプライムの破綻によるリーマンショックが起こり、住宅バブルが崩壊しました。幸い日本の金融機関は、たまたまサブプライムローンのビジネスに関わる余裕がなかった為に、その直接的な被害は免れたものの、それ以降欧州景気の減速と米国住宅不況が共鳴し合って、間接的に日本の輸出産業に大きな影響を与えました。特に、欧米の経済の不安定化が、消去法的に大幅な円高をもたらしたと考えられます。
  今年になって、ソニーはサムスンとの合弁を解消して、日立は日本でのテレビの生産から撤退を表明しました。パナソニックもシャープも大幅な減産を発表していますが、今や世界のテレビの生産の上位2社は、韓国のトップのサムスンと2位のLG電子になっています。

そこで、いつも思うのですが、何かのイベントや景気の好転の見通しをきっかけに、家電メーカーに限らず何時も、企業間の設備投資競争が起こります。そして、それから遠からず、景気循環から売れ行きはピークアウトし、在庫の積み上がりから安売りによる採算割で、大幅な減益や赤字決算が繰り返さっるのです。
たまたま最近ネットで読んだのですが、米国で戦前から現在までの自由主義経済思想を主導した、シカゴ学派のフランク・ナイト教授と言う人の言葉に、あくまで自分の直感にすぎないと断った上で、「企業家は平均的には利潤を得る代わりに、損失を被っている」と推測を述べて、その理由に「企業家とは、本来、自惚れの強い人間がなる職業だから」と言うのです。
また、ナイト教授は事業のリスクと不確実性と言う言葉を使って、「企業家は確率的に予想のできない危険(リスク)、すなわち不確実性の領域に踏み込む事によってのみ利潤を得られる」とも言っているのです。
その事が、資本主義国の市場経済では、こうした決算の浮き沈みを重ねることに成るのでしょうか。更に、不確実性と言えば、日本は不安定な政治と言う最大の不確実性を、常に孕んでいる国でも有ります。

昨年の日本の貿易収支は31年振りに赤字に成りました。しかしながら、海外債権の利息や受け取り配当金、企業利益の本国送金等で経常収支は依然として大幅な黒字を維持しています。そして、その事が、皮肉な事に日本の円高の理由付けの一つに成っているのです。輸出企業にとっては痛し痒しなのです。
  そして、今季決算は、欧州財務不安国の破綻リスクの表面化、それによる大幅な円高、そして、未曾有の被害を出した東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故、さらに工場進出している東南アジアのタイの大洪水での操業被災などは、いずれも予想の出来なかった不確実性によって、大きなマイナスの影響を被った事に成ります。しかし、薄型テレビの買い替え需要のピークアウトは、各社の経営を主導する経営者達は、共に予想する事が出来無かったのでしょうか。
2013年度の企業決算がどう成るかは分かりません。私が思いますのは、すでに通過して今見えているリスクは不確実なリスクでは有りませんので、予想の付か無い新たなリスクにも備えなければなりませんね!